天川伝説

天川村、洞川へ山崎と旅行した。
少し前までは秘境と呼ばれていたが、昨今はトンネルが出来て随分と便利になった。
世界遺産になった大峰山への入り口でもある。
大峰山とは修験者の行場で未だに女人結界で女性は登れない。私は中学時代学校に強制的に登らされた。そして「谷覗き」という断崖から身を乗り出して下を覗くという通過儀礼をさされた。


女人結界の碑の前の山崎。


吉野・熊野近辺には多くの鍾乳洞が有り、その一つに入った、中は摂氏8度の別世界。

洞窟の中に一千年前の「てん・かわうそ・日本猿の化石」が祀ってあった。
「いっせんねん」の言葉には凄く重みがあるが「生物の骨としての千年前」。

たかだか平安時代、ジュラ紀でも白亜紀でもない。「昭和8年偉い学者が鑑定した」と書いてあるが、それらにどのような生物学的な価値があるのか不明だ。

しかしその骨が千年も盗まれずに奉られていた不思議。

この地が諸々の宗教のカオスに因って成り立つ地故かとも思えた。
とり合えず物凄く興味深いのだ。



翌日。
「みたいら渓谷」という渓谷沿いの山道を歩いた。
「みたらい」は「御身仏」と書く。2段に別れた大きな滝がある。そして大きな淵がある。
一千年近く前、南朝時代の賊軍とされた天皇が討伐軍に追われ、このみたらいの淵で入水・崩御したと記されていた。そう見るとこの淵も哀れに見える。
追われるたびに洞窟に潜んでいたと言う。洞窟には次のような歌が刻まれていたそうだ。なんとも予期的な歌だ。
「吉野山花そ散るらん天の川 雲のつつみをくずす白波」



歴史ロマン・温泉とくれば最後は食い物である。
私は鮎の塩焼きが好物だ。道端で塩焼きが売られているのを幾度か食べた。
食堂ではアマゴを食す。焼き方は最高だが味は鮎の方が良い。
と、俗っぽい〆で旅日記を終える。
俗ついでに笑えるコンビニを天川で見つけたので、画像を貼り付けておく。

村田 兼一 | 旅行・行楽 | 00:43 | - | - | - | - |

10
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
LATEST ENTRY
CATEGORY
ARCHIVE
LINKS
PROFILE
SEARCH