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中二病はドキドキ観ている。しかし思春期は遠き幻の如く。


思春期の混沌や心のひだを見事に描いている漫画やアニメを薦められても観なくなった。
「どうして大人たちは分ってくれない」と昔からジェームス・ディーンや尾崎豊など
叫んでいるが、「分らない」のではない「忘れている」だけだ。
なんせ私の思春期は遥か40年位前に終わっている。

 色々と生き苦しかったと覚えているが、その時の気分をもう一度味わいたいと思わない。
何かに成りたくてなれない、得恋したくて出来ない、
しかし見栄とプライドで自分が何者かで在るように振舞う。

よく中学生の時、女子が「霊が見える」とか言っていたが
「何か特別な存在に成りたい」想いが「霊」を見せるのだろう。


私は単に不安神経症で登校出来ないことを「自ら学校を放棄している」かのようにも言っていた。
本当のことが言えなくて苦しい時期だった記憶がある。

カッコいいかカッコ悪いかが大きな問題だった。

死ぬ気もないのにガス管をくわえてみたり、無意味に家出を繰り返したり、
高校受験の為のラジオ講座を家出先の鹿児島の警察署で聴こうとしていたり、
家庭内暴力でタンスをひとつぶち壊して遂に家を追い出され、
アパートで一人暮らしをしたりと、まあ混沌としている。

 

そんな混沌が少しはおさまりつつある19歳の時、「いちご白書」と言う映画をテレビで観ていた。
父と妹と三人で観ていた。
知ったかぶりの友人に学生運動をしている主人公はラストで死ぬと聞かされていた。

 一度観ただけの曖昧な記憶で映画を回想してみると、
時と場所はベトナム戦争反対の学生運動も下火になっていたアメリカでのこと。

(学生運動とは1960年代に世界同時的に大学生を中心に戦争反対とか打倒米帝とか言って
本気で国を倒して革命を起こそうとしていた時代の事だ。
)

ちゃらんぽらんな主人公がある日、怪我をしてそれが警官と闘っての傷だと嘘をつく。
それで主人公は友人達の注目を集めうれしくなる。
そこから嘘で固められた警官隊との闘争劇を語り、徐々に学生運動のリーダーに祭り上げられる。
そして遂には本物の警官隊と衝突するハメに。立てこもっている講堂は警官隊に完璧に包囲されている。

にっちもさっちも行かなくなった主人公がラストは立てこもっていた建物から出て、
玄関の踊り場から1.5メートルくらい下の警官隊にダイブする。

「死ぬ」と聞かされていた私は「ああ、ここで落ちて死ぬのか」と思った。
すると下で大勢の警官隊に主人公はキャッチされて助かり、
ここで主題歌の「サークルゲーム」が流れる。

かなり大雑把で、映画本来の趣旨を逸脱した解釈だと思うが
曖昧にそんな話だったような気がする。


主題歌が流れる中、この嘘だらけの主人公に自分を重ねて観ていた私は一気に緊張が緩み、声を上げて泣いた。

妹の前で。父の前で。
こんな醜態は後にも先にも初めてで、優しい二人はそれ以後、
私にその事を触れないでくれていた。


この時が自分の思春期の終わりだと思う。
混沌としていた自分を客観的に捕らえて、自分の嘘を自分で認めて哀れんでいた。
それ以降、思春期の混沌に興味を失くしていったと思うのだが、
大人としての混沌は続く。

只、幸いなのは「渦中」でも、もう一人の自分が上から混沌を俯瞰してくれている。
そして何より脳内に異常な性ホルモンが無くなった事だろうか。
あの混沌ってホルモンのせいではないかとも思うのだが。
そうだとしたら脳内に成長期に出てくる化学物質のせいで苦しんでいる事になる。

恋愛も嫉妬も脳内の物質のせいだから
そんなに深刻にならなくて良い。
時間が経つと、それぞれの成分が薄くなり、気持ちが開放されていく。
よく昔から「時間が解決してくれる」と言うのは
そのことかも知れない。

個展は明日、明後日とあと2日!!



村田 兼一 | エッセイ | 04:57 | - | - | - | - |

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