入稿と庭と水槽と。

 

5月中頃発売の写真集「少女観音」は、

先日、色校正やデザインの修正など終わり再度プリントアウトして頂いたものを確認するだけとなった。

 

3月はほぼ水槽のアオコとの戦いの日々だった。

3月25日からはほぼ庭仕事の日々だ。

 

 

 

アオコの正式名は藍藻といいシアノバクテリアと言う細菌の一種だ。

これは去年の夏に大発生してから何度も悩まされていた。

水槽一面が緑の絵の具でペイントしたようになる。

ついに3月、60センチ水槽を閉じて新たに30センチ水槽に変え、

流木など全て滅菌した。

 

そこから苔と戦いながら水作りを始めて約20日間ほど。

ようやく水質が安定してきた。

珈琲などを立てて、ゆっくりと水槽を見る余裕も出てきた。

 

ここでサイフォンが新たなブームである。

サイフォンは随分前にタマが持って来たが、使い方が分らずに一度も使っていなかった。

器具を洗うのが面倒だが、その澄んだ雑味のない味わいが良い。

 

下の写真の赤丸は庭でプランターに土を入れている時に見つけたフキノトウである。

全部で10ヶ以上見つけた。

高級食材で毎年、天ぷらにして食べるのが楽しみだったが、

今年は花が咲いてしまい、食べる時期を逸した。

悔しいので場所を記録して、来年は早々に見付けることにする。

 

 

不思議なもので暖かくなると自然と庭に目が向いていく。

プランター等は花を植えたが、庭木の剪定が未だだ。

今年はすこし茂った庭を造りたいので、去年の秋に植木屋の剪定を断った。

半年放置するだけで、庭木は上に伸び放題に延びている。

 

先ずは花の終わった椿や金木犀から刈り始めている。

つつじやサツキは花の終わる来月末にする。

 

我が家の何本かの大きな樹木は枝が殆ど切られてない。

時々街路樹で見る枝が殆ど切られて葉もつけない、

なんの為の街路樹か分らない木と似ている。

 

これは葉っぱが隣近所に飛ばないようにするのと、

大きく枝が張ると収集がつかなくなる恐怖から、このような無様な姿へしてしまった。

 

勿論、後悔だ。

 

評論家の相馬俊樹氏に以前、私の作品と植物の関連を書かれたことがある。

当時は良く意味が分らなかったが、自分が庭を管理するようになってから、

いかに野放図で生い茂った植物が好きなのか思い知らされる。

 

下の図は愛花さんモデルの裏表紙となる。

 

村田 兼一 | エッセイ | 22:27 | - | - | - | - |

脱・パニック障害の為の筋肉。


私は上京する時でも、外で人と会う時でも常に隣に女性が居る。
何ももてるからではない、単に不安で一人で外出できないからだ。
46年前、10歳の時に不安神経症と診断されて以来、
ずーっとこれには悩まされている。

糖質制限のおかげで体重は順調に減り、
胸苦しさから夜中に飛び起きることも、
2.3日に1回から1ヶ月に一度くらいに減った。
しかし20年程前の時のような劇的な体調の良さは実感できず、
長年続く息苦しさや体調不良は去年からどんどんと増していた。

余りの苦しさに5月に漢方薬局に相談した。
6月初旬に個展の為に上京するのも不安だったからだ。
すると「筋肉がないから心臓に負担がかかっている」と言われる。
そしてかなり高価な漢方薬で呼吸が楽になる。

「半月版損傷」でヒザを悪くしてから、歩きもしていなければ、
ヒザに悪いので重いものを持つということもしていない。
重労働はすべてタマが担ってくれていた。
文字通り箸よりも重いものを持たない生活が続き、
体中の筋肉が落ちてしまった。
筋肉がないので血流は心臓のみが行う。
筋肉があれば体の筋肉もポンプの代わりをしてくれる。
故に何もしていなくとも胸苦しさや息苦しさに悩まされる。

「楽になるから、筋肉をつけなさい」と言われたものの
上京やその後、〆切などに追われて何もしないままだった。
高価な漢方薬で少し楽になり、そのままだった。


長い間、自分の不安神経症や自律神経失調症がほぼ治ったと思っていた。
治っていると思うので、発作の時は肺や心臓の病を考えていたが、
漢方薬が効きだしてから、
これは「パニック障害」を引き起こしているのではないかと気付き始めた。

誰かが常に付き添ってくれているから、大きな発作は起きないが、
漠然とした不安や息苦しさは常にあった。
それが最近は誰が居ようと倒れそうになり、睡眠中でも飛び起きるほどに胸が苦しくなる。

常時「死ぬかも」と思うほどの息苦しさに襲われていたが、
「パニック障害だ」と気付いたことでそれ程強い不安感には襲われなくなった。

しかし10日ほど前「パニック障害だ」と気付いたことで、
より筋肉を付けることの必要性を感じた。
筋肉を取り戻すことで、呼吸が楽になる。そうすれば不安は起きないだろう。
周りに付き添いや力仕事の迷惑もかけないで済む。

先ずは冬に購入していたぶら下り健康器にぶら下るところから始めた。
10日前、30秒が限界のぶら下りも、やっと懸垂が3.4回ほど出来るまでになる。

医者から10分以上の歩きは禁止されているが、大体2.30分は歩いている。
ヒザは少し痛み出すが、体重が軽くなった分マシかも知れない。
自分の足の筋肉が如何に衰えているか、歩くと実感出来る。

10日ほどで体調もかなり改善できた。
このままの調子で運動は続けていきたい。
精神を病むよりはヒザが潰れて外科手術する方が遥かに治りは早いだろう。


話は変わるが、中高時代、20代と精神科医に
「動悸がするのは心臓の病気ではない。理屈で分かれば不安は起こらないはずだ」
と、よく諭されたけれど、頭で理解していても不安になる。
これは不思議だったが、最近の「パニック障害」で分かってきたことに、
パニック障害は脳の機能の誤作動によるものもあると書かれている。
誤作動ならば、理屈で分かっていても不安が抑えられなかったことも理解できる。




*パニック障害について(wikiより抜粋)

閉鎖的な狭い空間、車道や広場などを歩行中に突然、強いストレスを覚え、動悸、息切れ、
めまいなどの自律神経症状と空間認知(空間等の情報を収集する力)による強烈な不安感に襲われる。
症状や度合は、患者によって様々だが軽度と重度症状がある。
しかし軽・重度患者ともに発作が表れる時に感じる心理的(空間認知など)印象としては、
同じような傾向が見られ、漠然とした不安と空間の圧迫感や動悸、呼吸困難等でパニックに陥り、
「倒れて死ぬのではないか?」などの恐怖感を覚える人が少なくない。
先に挙げた自律神経症状以外にも手足のしびれやけいれん、吐き気、
胸部圧迫のような息苦しさなどがあるが、それ自体が生命身体に危険を及ぼすものではない。

原因についてはまだ完全に解明されていないが、
脳内不安神経機構の異常によって起きるものだと考えられている。
ヒトの脳には無数の神経細胞(ニューロン)があり、
その間を情報が伝わることで、運動、知覚、感情、自律神経などの働きが起きる。
パニック発作や予期不安、恐怖などもこの脳の機能のあらわれで、
そこに何らかの誤作動が生じるために起こっていると考えられている。

 
村田 兼一 | エッセイ | 01:19 | - | - | - | - |

糖質制限の話。私、これでワインの味が分かりました。


別にダイエットのつもりではない、
それをやるととても体調が良くなり、
長年の不眠症も治っていた時期があった。

20年程前、糖質制限のダイエット法を前妻が始めて、それに巻き込まれていた。
当時は今より体重が10キロ軽く、ダイエットには興味はなかったが、
主食と砂糖類を抜くだけで、体が軽くなり、
それまで10年間寝込んでいた私は感じたことのない爽快感を味わえた。

しかし半年後、両親と食事を共にしていて、彼等が米を食べないと言う事に耐えられなくなり、
一人、また一人とやめて行き、結局はそのダイエット本の著者が病床に伏すことで、このダイエット法は世間からも一気に非難を浴びた。
マスコミは何でも上げて落とすが、実感としてはこれは良いと感じていた。

それから20年、当時より体重は10キロ増加して、不摂生で殆ど運動しない不健康な私は、
最近、夜中に胸の圧迫感で飛び起き、とても苦しい思いを何度もしている。
1年を通じてみていて、いつも一番深い睡眠時におきている。
またうつ伏せの時に多い。
おそらく不整脈か狭心症だろうが、発作の出ている時にしか心電図には現れないので良く分からないで居る。

そんな時にいつも思い出すのが、20年前の爽快な半年間、
また糖質制限をしたいと思いながらも、
日本酒がやめれなくてズルズルときていた。
ところが先日「炭水化物が人類を滅ぼす」夏井睦著という新聞広告をみた。
タイトルを見ただけで、何となく「来た!」と感じた。
本も読まないうちから、先ずご飯をやめてみた。
3日もするといつもある息苦しい感じが消えていた。

これは確信に変わり件(くだん)の「人類を滅ぼす」方ではなく
「主食をやめると健康になる」江部康二著を読んで、メソッドを取り入れた。
それから肩凝りが減り、肩が凝っても以前ほど酷いダメージはなくなった。
何より息苦しさが軽減している。
例の夜中に胸の圧迫感で飛び起きることも、始めて2週間目に1度あり、かなり減っている。

体重が10キロ増えたといっても、さほど肥満でもないので、食べる量は逆に増えた。
特に炭水化物をやめて10日間ほどは、夜中に「豆腐1丁、ハム、ソーセージ、チーズ」といつもの倍以上の夜食を食べていた。
酒量も糖質ゼロのビール2缶、ワイン、焼酎等とやはり増えた。
しかし体重は10日間で2キロ落ちていた。
10日を越える辺りから食欲も落ち着き始めた。


今回の糖質制限は20年前のものとは違いかなりゆるい。
数週間、ちゃんとした糖質制限をすれば、
週に一度くらいならばケーキも食べてよいし、
朝昼飯は主食を食べて良いというものだ。
また昨今、糖質ゼロのビールも酒もジュースも色々あり、
甘みに飢える事は少なくなった。

辛口のワインは大丈夫なので以前良く飲んでいた赤ワインをまた飲み始めた。
するとあれ程「酸っぱくて食事と一緒じゃないと余り旨くもない」と思っていた同銘柄のワインが
結構甘くて「これは大丈夫なのかな?」と、糖質が多いのではと疑った。
料理もすべてにおいて味付けが濃く感じ始める。

ヨーロッパなどに行った時、向こうの食事のナント味気ないことと思っていたが、
主食を取らない彼らにとっては味付けなどは塩を少しで、
あとは素材の旨みが分かるのだと初めて体感でき、
あのワインのラベル書いてある「カシスなどの黒系果実の香り、ベリーやビターチョコの風味」等の、
意味不明な説明の一端が見えてきた。


私をはじめ私の周りはシュガージャンキーばかりだ。
「主食をやめろ」と言っても白い目で見られるだけで
「ケーキをやめろ、チョコをやめろ」等と言うと反乱でも起きそうで言えない。
しかし確実に一気に血糖値を上げて脳内麻薬を出して、
血糖値が急激に下がって来た時にイライラし始めて、
また甘いものを食べてハッピーになり体を壊していっている気がする。
甘いものに関しては、タバコや酒、麻薬と同じで、中毒性、習慣性がある。
食べないと淋しいしイライラする。食べると幸せだ。そしてどれも体を壊す。

コーラ一缶の糖分がかなり多いのは分かっているが、
白米などそんなに甘くもないので大丈夫ではと思う。
しかしご飯一膳の中には角砂糖8個の糖分があり、うどんに至っては角砂糖14個分もあるそうだ。
これらは体内で分解されて糖分となる。
うどん県の徳島県が糖尿病日本一なのもうなずける。

しかし極端に何かを信じなくても良いと思う。
この糖質制限だって本当に正しいのかどうかは知らない。
大体、この何十年で色々な健康法が言われてきて、消えている。
味の素は頭が良くなるからと言われたり、
ごはんを食べると頭が悪くなると言われた時代もある。
それぞれその時代では、信じられていた。
ステロイドだって万能薬とまで言われたのに、今では医者は体に悪いと言う。
いかにも科学的なことでも大抵は仮説であり、実際の話、その時点では正しいとされていることで成り立っている。
なので死に物狂いで科学的だからと、何かを貫く気もない。

事実としては人類700万年のうち穀物などの炭水化物を取り始めたのは、
農耕など出来上がってからのつい最近だし、砂糖をふんだんに摂るのは数十年も経たない事。
元々摂らなくてもよい栄養素は確かなことだ。


先日テレビの特集で、一番の肥満国はアメリカだと言っていた。
原因のひとつに穀物価格が安くなり、大量の穀物製品を食べるようになったからだと言われている。
パスタやドーナッツ、ポテトチップなど軽便で美味しいものが溢れている。
それまでは肉食だったアメリカ人が穀物の魔力で肥満化したそうだ。
彼らの食べる量も甘さも半端ないので仕方はないが、
肉食が中心の時はそれほどでもなかったのは事実だ。

穀物で肥満化して病になり、医療が発展してそれを治療する。
製薬会社にとっては美味しい図式かもしれない。


ここまで書いて、自分がこの糖質制限を続けれるかどうかは不明だが
体調のよさを実感できているうちは続けるつもりで居る。

「炭水化物が人類を滅ぼす」夏井睦著 と言う本は読み物としても
とても面白いのでおすすめだ。




 
村田 兼一 | エッセイ | 22:09 | - | - | - | - |

クリスマスのキレ者、新春の間抜け加減。


いつの時代もかも知れないが、
欲望に突っ走り過ぎで健康を害して
憂鬱になったりイライラしたり
そんな他人や自分をよく見かける。

若い人からは「今しか出来ない」と言う言葉を良く聞く。
今しか出来ないから夜通しで遊びに行く。
今しか出来ないから無理をする。
今しか出来ないことなど「いつでも今しか出来ないことばかり」だ。
死ぬことすら「死の瞬間」にしか体験できない。

忘年会やらクリスマスやら欲望の赴くまま、
忙しくて風邪の引きやすい時期に駆けずり回れば
そりゃバランスも崩れる。
クリスマスも今日しかないが、別に自分の宗教の一大イベントでもないし、
そんなに張り切らなくてもと思うのだが。
やはり「今しかない」のだろうが、何に煽られての「今」なのだろう。

私は年末の切羽詰まった感じが、
この張り詰めた空気が好きだ。
凛と冷たい外気も年の瀬の新年に向けての、
一年で一番世間が緊張しているこの時期が。

この緊張感は世間全体が多忙な今しかないが、
あまり自分が忙し過ぎても味合えない。
ベートーヴェンの第九を聴くくらいの余裕も欲しい。

今年は11月くらいから来年の写真集に向けての
編集作業で結構忙しく機嫌が悪い日が続いた。

機嫌が悪くて憂鬱な時は大体が首が凝っている。
キレやすい人や鬱な人は首や肩をマッサージするだけで
治ることもある。
人間って結構単純だと思う。
複雑な事情で憂鬱だと思っていることも
実は「根」はひとつのことだったりすることが多い。
私の憂鬱の大半は肩凝りと首の凝りだ。
金が無いことに憂鬱ならばお金を持つことを諦めれば治る。
愛や才能を求めることも諦めれば解決する。
強く念じても頑張っても叶う夢はかなうし、
かなわぬものは叶わない。



今年はクリスマスもイヴも年末年始の撮影に向けての準備で多忙だ。
23日のタマのバイトの休みにケーキでも食べる。

このクリスマスとか誕生日と言う日に家族でもカップルでも結構喧嘩が多い。
特別な日だと過剰な期待をして、期待が大き過ぎるとギャップで腹が立つからだろう。
毎年はタマがキレるのだが、今年は私が切れていた。
冬季性と老人が混じった鬱かもしれない。
まあキレ者同士だから仕方なし。

クリスマスが終わると
大晦日に向けて街が一つの方向へと集中していく。
一年で一番好きな日は私は大晦日だ。
そして年が明けるとあれ程張り詰めていた緊張が「めでたい」と言う言葉で
ぼんやりと台無しになる。

しかしそれは「祭りの後の寂しさ」とは違い、
晴れやかな弛緩だ。
春なのだろう。

こうして新年を迎える為に特別に掃除をしたり準備をするのを
若い頃は馬鹿にしていたが、時間がどんどんと均一に流れる中年期辺りから
リセットして気持ちを新たに切り替える良い機会となっている。

冬至を境に太陽は死に復活する。
そして大晦日に煮詰まり翌日一年の計らいをリセットする。
とてもいい。

 
村田 兼一 | エッセイ | 03:51 | - | - | - | - |

社会の毛の話。

欧州の編集者とやり取りしていて、
今西洋の女性は殆ど陰毛を剃っていると言って来た。
ダリが腋毛のないガラをはじめて見た時、
そこに都会的センスを感じたらしいが、それがより進んだのか・・・

返信するのにアンダーヘアは和製英語かなと思い
「陰毛」を翻訳ソフトに入れたらpubic hair(ピュービック・ヘア)と出たのだが
パッと見て勝手に「L」を足してパブリックと思い込み、
「流石欧州、陰毛のことを社会の毛(パブリックヘア)と言う」
などと可笑しな興奮をしてしまった。

先にtwitterで呟いて間違いを指摘いただき、
制作雑記までは難は及ばすに済んだのだが。
しかし「パブリックヘア」だと面白いのだがと未練が残る。
「社会の窓」と相通ずるものがある。

20年ほど前は「陰毛」は日本においてご法度だった。
故に毛の無い少女ヌードが流行したり、
アラーキーは陰毛を剃ってヌード撮影をしたり。
そして今、それは逆転して「陰毛」がないとご法度となる。
可笑しな話だ。
しかし「陰毛」があると現在の日本の法律ではOKということは
ある意味「社会の毛」「公共性のある毛」なのかも知れない。
あくまで日本での話しだが。

ここから告知。
大阪・乙画廊『若く美しい作家展』日曜日は休み
11/29から12/7まで乙画廊
知り合いでは村田タマとぴこうささんが参加。
私は美しくも若くも無いので不参加。



タマ作品。これの浮遊感が好きだ。


そして渡邊さんから冊子が届いた。
ちいさな写真集だが、束もあり枚数もある。
二人展に合わせて制作されたもののよう。
11月27日〜12月14日 武井裕之 渡邊安治 ふたり展
two and one half  二番目の次の恋
神保町画廊 
http://jinbochogarou.com/index.html
開廊時間:12時〜18時(金曜日は19時まで)休廊日:月曜日・火曜日
 




村田兼一と村田タマは京都・ライト商会に「村田家展」絶賛開催仲!

昨日は「いい肉の日」だった。
私には珍しい生っぽい肉を調理して見た。

村田 兼一 | エッセイ | 03:07 | - | - | - | - |

ヒステリックなサンタクロース・・・


毎年、クリスマスシーズンを楽しもうとして忘れてしまう。
以前は「皆が忙しくしている師走を優雅に過ごす」
という歪んだ楽しみがあったが、
ここ最近、12月は忙しくこの楽しみも実行できずに居る。
今年こそはとクリスマス音楽とか聴いてはいるのだが
作業が詰まっていると何処か気忙しい。

ここのところ毎晩夜中は画像処理。
画像を拡大して処理をしていると顔の色でも場所で色々だ。
すべてが同じ肌色ではない。
目の下は大抵クマがあり黒い。
血行が悪いと口の周りが黒味がかった黄色になる。
しかし肌のキメなどは綺麗なものだ。

若い頃、近所のおばさん達に
「若いとお肌がツルツルで羨ましいわ」とよく言われたが、
スベスベなのが当たり前なので何を言っているのか良く分からなかった。

確かにこの歳になると髪の毛もなく、頬の肉もたるみ
ハリのある肌やフサフサの髪は羨ましくもあるが、
その年代に戻りたいかといえば
「否」である。

自意識が過剰で、その過剰な自意識に殺されそうになる10代20代前半。
性に対する執着とそのことを受け入れられずオゾマシイと思う二律背反。
すぐに傷付くプライドと他者に期待しては裏切られた気持ちになる甘え等
本当に今考えると厄介で面倒な時期だった。
10代の見た目は美しいが、内面は矛盾や二律背反や攻撃性、性欲で辛い時期だ。
あんな辛い時期をもう一度体験しろと言われるならば
少々禿げていても良いかなと思えてくる。

ましてや今の世の中の10代はより辛かろうと思う。
昔と違い人と人の距離が近すぎる。
スマホや携帯で他者とも常時接続だし、
自分たちの関心事も見た目に強くこだわるので
常に他者の目を気にしながら攻撃している。

50年も昔、田舎は本当に陸の孤島のような田舎だったし
私の住んでいた大都市近郊も田畑や川があり
友達とも遊ぶのだけれど自然相手に遊ぶことも多かった。
人が嫌になれば自然が相手をしてくれた。

相手が人間だけになるのは辛いことだと思う。
それも緊密に繋がっている。
逃げ場がない。
人には無条件に自己肯定するシステムが備わっていて、
それがある故にプライドが傷付いても無力感に苛まれても
なんとか自己修復してまた前へ進めるらしい。が、
最近のストレス社会では余りの強いストレスでこのシステムが
機能しなくなり自己否定から一転「全能感」を欲するようになるらしい。

以前、小さな子供を屋上などから投げ捨て殺す男性が逮捕された。
男の供述によると「子供を両手で持ち上げて投げようとする瞬間、
自分がこの子の生死の与奪権を握っている感覚がたまらない」と。
ストレスが昂じて人の生死を握るくらいの全能感を欲した訳だ。
これは極端な例だが、プチ全能感を堪能している人はそこここに見かける。

大量販売の衣料店に対応が悪いと難癖をつけて土下座をさせる女。
またその女を通報して逮捕させる人たち。
どちらも度を越している。
土下座をさせるヒステリックな女と、
その事が「逮捕する程の事」になってしまうヒステリックな世相。

最近過酷なイジメが多いのもこのシステムが作動しなくなったのが
原因のひとつではと言われている。
イジメている相手を相当に支配しなくては気が済まなくなった。
それ程に今の社会はブロイラーのように人と人の距離が過密な気がする。

話が広告機構やNHKみたいになるけれど、
いじめてしまう自分を悩んでいる人もいじめられて悩んでいる人も
その輪から抜け出して山の中でも散策すれば良いと思う。
ましてや人や自分を傷つけるくらいならば
そんな輪の中へ戻る必要もない。
今の世の中、生き方だけはバラエティに富んでいる。

この閉塞社会を作り出した一因のPCが
輪に入らなくても生きていける生き方も提供してくれている。
村田 兼一 | エッセイ | 04:09 | - | - | - | - |

中二病はドキドキ観ている。しかし思春期は遠き幻の如く。


思春期の混沌や心のひだを見事に描いている漫画やアニメを薦められても観なくなった。
「どうして大人たちは分ってくれない」と昔からジェームス・ディーンや尾崎豊など
叫んでいるが、「分らない」のではない「忘れている」だけだ。
なんせ私の思春期は遥か40年位前に終わっている。

 色々と生き苦しかったと覚えているが、その時の気分をもう一度味わいたいと思わない。
何かに成りたくてなれない、得恋したくて出来ない、
しかし見栄とプライドで自分が何者かで在るように振舞う。

よく中学生の時、女子が「霊が見える」とか言っていたが
「何か特別な存在に成りたい」想いが「霊」を見せるのだろう。


私は単に不安神経症で登校出来ないことを「自ら学校を放棄している」かのようにも言っていた。
本当のことが言えなくて苦しい時期だった記憶がある。

カッコいいかカッコ悪いかが大きな問題だった。

死ぬ気もないのにガス管をくわえてみたり、無意味に家出を繰り返したり、
高校受験の為のラジオ講座を家出先の鹿児島の警察署で聴こうとしていたり、
家庭内暴力でタンスをひとつぶち壊して遂に家を追い出され、
アパートで一人暮らしをしたりと、まあ混沌としている。

 

そんな混沌が少しはおさまりつつある19歳の時、「いちご白書」と言う映画をテレビで観ていた。
父と妹と三人で観ていた。
知ったかぶりの友人に学生運動をしている主人公はラストで死ぬと聞かされていた。

 一度観ただけの曖昧な記憶で映画を回想してみると、
時と場所はベトナム戦争反対の学生運動も下火になっていたアメリカでのこと。

(学生運動とは1960年代に世界同時的に大学生を中心に戦争反対とか打倒米帝とか言って
本気で国を倒して革命を起こそうとしていた時代の事だ。
)

ちゃらんぽらんな主人公がある日、怪我をしてそれが警官と闘っての傷だと嘘をつく。
それで主人公は友人達の注目を集めうれしくなる。
そこから嘘で固められた警官隊との闘争劇を語り、徐々に学生運動のリーダーに祭り上げられる。
そして遂には本物の警官隊と衝突するハメに。立てこもっている講堂は警官隊に完璧に包囲されている。

にっちもさっちも行かなくなった主人公がラストは立てこもっていた建物から出て、
玄関の踊り場から1.5メートルくらい下の警官隊にダイブする。

「死ぬ」と聞かされていた私は「ああ、ここで落ちて死ぬのか」と思った。
すると下で大勢の警官隊に主人公はキャッチされて助かり、
ここで主題歌の「サークルゲーム」が流れる。

かなり大雑把で、映画本来の趣旨を逸脱した解釈だと思うが
曖昧にそんな話だったような気がする。


主題歌が流れる中、この嘘だらけの主人公に自分を重ねて観ていた私は一気に緊張が緩み、声を上げて泣いた。

妹の前で。父の前で。
こんな醜態は後にも先にも初めてで、優しい二人はそれ以後、
私にその事を触れないでくれていた。


この時が自分の思春期の終わりだと思う。
混沌としていた自分を客観的に捕らえて、自分の嘘を自分で認めて哀れんでいた。
それ以降、思春期の混沌に興味を失くしていったと思うのだが、
大人としての混沌は続く。

只、幸いなのは「渦中」でも、もう一人の自分が上から混沌を俯瞰してくれている。
そして何より脳内に異常な性ホルモンが無くなった事だろうか。
あの混沌ってホルモンのせいではないかとも思うのだが。
そうだとしたら脳内に成長期に出てくる化学物質のせいで苦しんでいる事になる。

恋愛も嫉妬も脳内の物質のせいだから
そんなに深刻にならなくて良い。
時間が経つと、それぞれの成分が薄くなり、気持ちが開放されていく。
よく昔から「時間が解決してくれる」と言うのは
そのことかも知れない。

個展は明日、明後日とあと2日!!



村田 兼一 | エッセイ | 04:57 | - | - | - | - |

村田タマによる「村田兼一評論」

「トークショーでも口の立つところを見せ付けた村田タマ。
今回は文章にて語ってくれます。」



「姫君を生む」      文 村田タマ

 

 村田兼一の制作は彼自身が昔から語っているように、

「死」と隣りあったところから始まった。

彼は床に臥し、水すら喉を通らず、外へ出ることが何よりの恐怖で、
古い邸に妖しく包み込まれた状態から制作を始めた。

 

そんな邸の中で繰り広げられる村田の絵物語は、
見る者に「見るなの座敷」といった禁忌性を感じさせる。

いたいけな姫たちの女性器を通じて、昔話によくある類型の
「見てはいけない座敷」「開いてはいけない扉」
「開けてはいけないパンドラの箱」のように禁止されることにより
見たくなる心理的欲求へ訴えかけてくるのである。

 

そしてその座敷で、村田は「眠り姫」達に、己を「再生」させる為のプロセスを
儀式のように切り取っていったのだ。

つまり、姫達に永遠の眠りを与え、無防備な眠りの最中の姫達に「死」を孕ませ、
然るべ
き熟成を経て、最後には「魂の闇」を産み落とさせる、
というスタイルであるように感じる。



村田の幼少期に彼の母親は外出することが多く村田に十分な母性を感じさせなかった。
そのため
10歳より不安神経症を患わせるきっかけとなった。
女性への不信と依頼心が人一倍強くなった作家は、意図的に作品の中にそれを埋め込ませ、「姫」達に己を産ませ、「己の再生」へと結び付けたのだ。

 村田兼一は「エロスとタナトス」を描く作家であるが、
そこには「再生」という神の創造が込められている。
当初は作家自身の「再生」であったが、
自身が「姫君たちの性」により新しく生まれる事ができた経緯があり、
次第に迷える「姫」たちを「生みだす」存在へと変貌していったように、
作品の変容から私は感じ取れる。


私が村田のモデルを始めた時には既に、作家は「復活」を果たしていた。

彼がモデルを撮る際に、モデルと長時間に及び対話をするスタイルと言うものが完成されていたのだ。
多くのモデル達は初めて会うはずの作家に自分の生い立ちから幼少期の心的外傷、
そして今彼女達を捕らえ続ける「蕀」についても語るのだった。
薔薇の香りの紅茶と甘いケーキと共に、まず少女達は作家に「告白」を始める。

そして作家は次に少女の役割を定め、その配役の衣装を着せ、
その「姫」達と共に作家は「物語」を進めて行くのだった。

 

そうして姫達は己の知らない蕾を広げ、
より刺激的で魔術的な行為を作家との信頼感と共に
「見るなの座敷」へ踏み込んでいくのだ。

 

熱い照明の中、高揚した皮膚の表面と、厳しい姿勢の中で痺れる体と、
シャッターの重々しい音とが溶け合った作品を、姫達が目にすることにより、
自分が
新しく産まれたように感ずる。

己の美しさと悲しみとを人身御供の少女として一度殺し、
「新に姫として産まれた」ような、そんな幻想を見るのだ。

そうして再び産まれ、少女達は「性」を通じて「生」と向き合う。

なにかしら多感な時期に自分の「性」を少女達は受け止め、
新しく「再生」する。

 

村田のモデルを繰返す中で、私は何度も村田に「生んでもらった」ように感じる。
また他のモデルたちと親睦を深め、アシスタントを努めていく中で私は姫たちと恋をし、
新たな魂の誕生に立会ってるような錯覚を覚えた。

そして今私自身も村田に与えられたカメラを覗くうちに、左目は温かな人との繋がり、
ファインダーを覗く右の目は万華鏡を覗いたようにチカチカと大きな星が瞬いている。

 

「見るなの禁忌」と「エロスとタナトス」そして「再生」を一枚に封じ込めたものを、
芸術と呼ばず、なんと表現すべきか。
アートであるからこそ、圧倒的な「力」というものを村田の作品から
感じられずにはいられない。

 今回出版された写真集「眠り姫〜Another Tale of Princess」は
作家のこれまでの制作が凝縮された作品集となっており、
今までの集大成とも言えるだろう。
しかし写真作家「村田兼一」は変貌する作家である。
彼の撮影スタイルは既に上記のようなものから変貌しつつある。
今後の更なる作家の変貌を私自身がモデルとなり体感できることを楽しみに思う。


村田 兼一 | エッセイ | 02:07 | - | - | - | - |

ベルメールと国粋主義、そして帰阪フライト。


国粋主義に冒されナチスが台頭してくる時代、
ハンス・ベルメールはこれらの無意味な人形を作り出した。

凡そ有意義で役に立つことなど大体が戦争にも役に立つ、
合理主義からかけ離れた思考を彼は持ち始めた。
今では異形の球体関節人形などは良く目にするが80年前にその系譜がある。

世の中は自国の利益、自国の恨み、自国の領土等、
分りやすいスローガンでどんどんとキナ臭くなって行く。
短くスカッとする心地よい文章は危険を孕む。
短文は既に知っていることは理解しやすいが、
知らないことを理解するには向いていない。
どうやったらお互いに歩み寄れるのか等、
骨の折れる和解案など短い文章では書ききれない。
そう言う意味ではTwitterばかりでは心許ない。

大体心地良くも無いことを辛抱強く続けなければ
平和など続けていくのは難しい。

今回、東京滞在中お世話になった留美嬢。
滞在最終日に湘南辺りにタマと行く予定だったが、
タマも私も疲れ果てて、マンションで夕方まで寝ていた。
夜にタマが彼女を撮影をしていた。

モデルをしてくれていた頃、大学で写真を専攻していたが、
今は魔女をしているそうだ。
胡散臭くも平和だ。
魔術についての講義もしてもらったが、
これは簡単に解説は出来ない。
簡単に説明するとやはり胡散臭くなる。
別に存在としては自然なのだが・・・
どちらかと言えばアミニズムや密教に近い。
違いは個人的過ぎるという事だ。


撮影を頑張るタマ先生。


眼下は浜離宮だった。
この辺りの再開発は聞いていたが、随分と様変わりしたものだ。

翌日、適当に起きて成田へ向かうが、ギリギリの到着となる。

低気圧と強風で雲の上に出るまで随分と揺れた。
タマは恐怖で蒼ざめていたが、
私は飛行機が墜落して死ねるのが一番楽なので気楽だ。
楽に死んで新聞テレビで告知までして頂き
残された家族に慰謝料も出る。


これからの人生、病気ばかり患い
金がかかり、面倒がられる事を思えば素敵な事だ。

「タマも個展が成功して幸せの絶頂に死ねたら本望だ」
と言ったが、首を横に振られた。
どうやらまだまだやり残しているらしい。

「今年11回目のフライトだけど、これくらいは大丈夫」と
確信の無い励ましをしておいた。


村田 兼一 | エッセイ | 23:46 | - | - | - | - |

遠い昔の戦争はテレビや映画よりも遠くなったなあ。

 書きたい事やおもっている事は沢山或る。
しかしブログ自体がひとつのメディアとしての発信だと思ったり、
雑事にまみれていたりすると考える事が億劫だ。


以前は結構引きこもり、ひとつの思考を深めていたが、
最近はかなり「いい加減」な奴と言われている。
一つの事を掘り下げるなどと言う時間や頭を使う事はしなくなった。


考えて何か書くよりもどうも呟く時代のようだ。
呟くならばせめて俳句か川柳にでもしたくあるが。
ブログには小話でも書こうかとも思う。
こんなことも一時の気紛れで書いている。


脳は考えなくなり感じるようになってきた。
これは良き事なのか悪しき事なのか判断できない。
「その一瞬を生きている」と言えば聞こえは良いが
はやり「いい加減」と言われても仕方がない。


生きているとその年月ほどに変節漢となる。
「変節漢」とは悪口である。


敗戦12年後に生まれたゆえか、
まあ稀に見る「平和教育」を受けて育った。
国旗や国歌まで敬遠されて、周りの国々に気を遣うことを求められた。


自国の精神文化まで葬り去るのは如何なものかと思う。しかし、
世界同時にナショナリズムを封じる教育を施せば変わるかも知れないとも思う。
しかし一国だけで理想を掲げても、他国からは
軍隊嫌いの変わり者の愚か者くらいにしか映らない。
そして最近矢鱈「国益」なる旗を振る人が増えている。
政治家ならば分るが、一市民が何故と思う。
国益の以前に個人があるのか、国益の為ならば個人は黙るのか。


城山三郎氏の素晴らしい詩が在る。
こんな詩は頭が良くなった現代人には通じず
「右」だとか「左」だとか言われてしまうのだろうか。

 

「旗」 城山三郎


旗振るな 旗振らすな
旗伏せよ 旗たため

社旗も 校旗も 国々の旗も
国策なる旗も 運動という名の旗も

ひとみなひとり ひとりには
ひとつの命

走る雲 冴える月 こぼれる星
奏でる虫 みなひとり ひとつの輝き

花の白さ 杉の青さ 肚の黒さ
愛の軽さ みなひとり ひとつの光

狂い 狂え 狂わん 狂わず
みなひとり ひとつの世界 さまざまに
果てなき世界 

山ねぼけ 湖しらけ
森かげり 人は老いゆ

生きるには 旗要らず

旗振るな 旗振らすな
旗伏せよ 旗たため

限りある命のために


村田 兼一 | エッセイ | 04:26 | - | - | - | - |
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