屋根裏部屋に冷房が!! 人生初打ち上げ花火と菜乃さん個展中。

 

20年は暑い屋根裏部屋で夏場の撮影をして来た。

そもそも夏場は撮影をしないと言い続けているが、

最近誰もそんな事は聞いてはくれない。

 

「クーラーを取り付ければ」とよく言われたが、

撮影時にエアコンが写らないポジションは壁の裏が室内なので、

室外機が取り付けることは出来ない。

野外に面している壁、撮影時にエアコンも写るポジションはマズイので諦めていた。

 

しかしこの7月3日から8月の5日まで撮影が続き、流石に参ってしまった。

翌日の6日に、高さ80センチと言う余り冷房に適さない位置に、取り付け工事を頼みに電気屋へ。

「冷えなくても良い、ほんの少しの冷気が顔に当たるだけでも。。。」と。

 

ところが工事をしてみると80センチの壁は穴の位置が取り付けに向かず、

結局ホースを延ばして150センチ辺りに取り付けることが!

これでも低いのだけど、サーキュレーターを回せばなんとか実用性は出てきた。
上の画像がいつもは写らない屋根裏部屋の反対側。

初めは左壁の赤い太鼓の位置に取り付け予定だった。

 

 

この画像は屋根裏にある奈落。

引き戸が付いていて普段は閉まっている。

ここから二階へタンスや長持ちなど引き上げていた。

滑車と太いロープがある。

 

*追記

タマに「クーラーを取り付けた」とラインで書いた時の反応。

まぢかよ

もっと早よ

まぢかよ

ほんまに

まぢかよ

 

 

そしてお盆には夜中に甥が、朝には親戚がと結構眠れない日があり、

翌日には榴美さんのマンションへ人生初の打ち上げ花火観覧へ。

 

「打ち上げ花火を見た事がない」と前回話していたら「ウチの前で上がるよ」と誘われていた。

マンションの向かいにあるテーマパークで花火が打ち上がる。
私は人混みが嫌いなので今まで人の混みそうな所は避けてきたが、
これならば快適だ。
ヘテカのお祭りなどしながらテラスで旦那さんの手料理で夕食など戴く。
手製のバジルソースが旨い。
花火は多重露光かムービーで撮らないと実際の綺麗な印象には迫れない。
写真の数倍は美しかった。

 

そして七菜乃さんの個展が8/11から始まっている。

 

七菜乃写真展
『My Aesthetic Feeling-マイ・エステティック・フィーリング-』
8月11日(金)〜20日(日)  開廊時間:13時〜19時 会期中無休

http://jinbochogarou.com/

 

下の画像はモデル・珠かな子

なんとも懐かしい気がする。

村田 兼一 | 旅行・行楽 | 02:32 | - | - | - | - |

6月後半小旅行雑感。

 

 

毎年のようにこの時期は、

「今年ももう半分過ぎてしまった」とか「夏至祭りをするりを忘れた」等と言っている。

今年も同様だ。

ご挨拶が遅れましたが、無事6/18に個展は終了いたしました。

お越しいただいた方、ツイートやリツイートで応援を下さった方々、

感謝いたします。

 

話は戻り、今月はモデルさんの都合でふたつ撮影が飛んだ。

6月はまだ涼しくて良いのに残念だった。

そして暑くなる7月に何故か撮影が重なってくる。

今年は大阪は7/1で梅雨が上がりそうな気配で暑くなりそうだ。

私は朝と暑さに弱くて、本当に困る。


今月は撮影がなくなったので、来年の車検で車を乗り換えようと自分の好みを知るために色々とディーラー巡りをした。

いつも、クルマがイカレたり、車検が切れる間際で探したりするから、計画的に買えた試がない。

品薄のクルマなど何ヶ月も待たされるらしい。

 

今回は1年かけて6年目の車検日を迎えるので、ゆっくりと決めようと思っていたら、

すぐに「この車種にしよう」と候補が決まってしまった。

そして数日するとその車種の新古車が出てきた。

なかなか数が出回らないクルマらしいので(私の求める車種は皆、不人気車らしい)、故に新古車など巡り合えることは滅多にない。

只、黒が欲しかったのが白なので悩んでいた。

この際、値引きのことを考えると妥協せざる得ないと決心する。

 

納車まで2週間かかるというので、今乗っているクルマに感謝を込めて近場へドライブ旅行をする。

5年間前、クルマの突然のエンジントラブルで、そのクルマの古さから言って買い替えを決めたのだが、突然なのでゆっくりと探す間もなく決めた現在のクルマ、狭くて不満だらけでよく文句を言いながら乗っていたのが、お別れかと思うと申し訳なくなった。

人もそうだが、文句ばかり言っていて、突然旅立たれると「誠に申し訳なく」思うものだ。

日頃から何事も感謝の気持ちが大切だと、また思い知らされる。

 

突然決めた小旅行なので、慌てて荷物を詰めて夕方家を出た。

高速で1時間くらいで大津インター。

琵琶湖ホテルに入る前に琵琶湖で釣りをする。

 

夜は安曇川のウナギの旨さを思い出し、大津で鰻屋を探すが、すこし山奥に2軒しかない。

山奥と言っても滋賀と京都の中間、国道一号線沿いだ。

そこに大谷という小さな駅がある。

単線無人駅といった趣だ(本当のところは知らない)。

 

鰻屋といってもどちらもお座敷風で入るのを躊躇うが、

兎に角、閉店が早くて、意を決して一軒目に入ると「もう火を落しました」と断られた。

7時半でラストオーダーらしい。

2軒目に行くと、こちらはラストオーダーが8時でギリギリに食べることが出来た。

 

食べ終わって満足して店員さんに「鰻は安曇川ですか?」と尋ねたら「うちは浜名湖です」と言われた・・・

 

そして店内の色々な展示を見ていて、ここがあの有名な蝉丸の和歌の題材となった「逢坂の関」と知る。

百人一首の坊主めくりでお世話になったアノ札だ。

 

〜これやこの 行くも帰るも わかれては 知るも知らぬも あふ坂の関〜

 

帰り際、近くの蝉丸神社に訪れたが真っ暗だった。

 

そして夜は琵琶湖ホテルの大浴場温泉に入ったのだが・・・

腰に巻くタオルは少し小さめだった。

そしていざ大浴場。

入ると十数名の先客が・・・・何故か皆、バスタオルを腰に巻いている。

??? やはりこの小さなタオルでは大事なところは隠せない。

慌てて大きなバスタオルを巻いて戻ったが、やはり日本人として違和感がある。

と、ここで、何気に彼等が日本人ではないことに気付く。

 

流石に湯船にはタオルを浸けないルールを守っているが、

バスタオルを巻くのは違和感がある。

どうやら日本人は自分だけみたいだ。

もう一人、サウナで一人、何も包み隠さず居眠っている人も日本人だろうか。

 

言葉を聴いていたら、感は当たっていた。

琵琶湖にも海外からの客は多いようだ。

次第に日本人率が上がったのか、バスタオルでない人が増え、

誰も来なかった露天風呂エリアも人が数人来た。

 

露天風呂より。

翌日、昼過ぎに大津から1時間半かけて朽木に到着。

先ずは50センチアップのマス、アワヨクバ、1メートルのイトイを釣るべく、ルアーを投げる。

静かなので昼飯にする。

いつもの「岩魚定食」で私は刺身、とれこは朴葉焼き。

何度食べても美味だ。

 

この日の釣りは惨敗で40センチ以下のトラウトばかり。

40.50アップは姿を見せなかった。

 

まあ静かに過ごした6月だ。

明日から7月。

 

 

 

村田 兼一 | 旅行・行楽 | 23:42 | - | - | - | - |

毎日庭師と千本桜

 

先週4月中頃に吉野千本桜を見に行った。

人混みの行楽地は苦手なので60年その姿を見た事がなかった。

吉野は釣りや林間学校などで何度か訪れていたが、

いわゆる千本桜は初めてだった。

 

先ずは下千本、満開らしい。

 

次ははおそらく中千本。

駐車場から金峯山寺へ坂道を歩く、とても辛い。

しかし蔵王堂の蔵王権現が特別に拝観できるとあり、なんとか辿り着く。

http://www.kinpusen.or.jp/zao/

青い巨大な仏像は今までに見たことの無い新鮮な衝撃があった。

 

この時は上千本、奥千本はまだつぼみと言う事だった。

翌日は花粉症が酷くなり一日中意識が朦朧となり、体が痛かった。

 

まあ3月下旬辺りから暖かくなり、花の寄せ植えなどしていた。

すると庭木の延び放題に危機感を感じる。

5月になると毛虫や蜂、暑い太陽など出て来て大変なので、
それまでに刈り込まなければならない。

 

先ずは花の終わった椿や金木犀から始める。
サツキやツツジは後回し。

 

いつもビフォア・アフターがないので、どれだけスッキリしたかが分らない。

屋根を越える樹木の剪定は大変で3日間、毎日梯子の上だった。

そして翌日はクシャミと鼻水が止まらなくなる。

 

低木の剪定は楽だ。

サツキの花がつぼみを付けていると思ったら、もう咲き出している。

 

白いサツキの花の下に赤いはながある。

そこで吉岡愛花さんを撮影をしてもう3年も経っていた。

 

村田 兼一 | 旅行・行楽 | 21:09 | - | - | - | - |

台湾旅行・結構文章が長くなった・・・

個展や撮影などが終わった頃、

以前からとれこに行きたいといわれていた台湾へ。

欧州の方はよく行くが身近なアジアの都市は行ったことは殆どない。

舶来品に憧れていた古い人間だからだろうか。

唯一タイへメコン大ナマズを釣りに行ったくらいだ。

今回も日月潭という湖で釣りを目論んでいた。

朝が苦手なので関空を夕方旅立った。

飛行機から見る「夜と昼の狭間」

かなりの高度のはずだが、海には漁り火が見える。

 

台北で二泊三日。日月潭近くの街で二泊。

台北では観光地へは行くことなく、街歩きを楽しんだ。

 

 

夜市で旨いものをと思っていたが、

時々臭う謎の腐臭に我慢ならず昼間見ていた小籠包の店へ、

逃げるようにタクシーで行く。

台北の物価は結構高く台北駅で食べたラーメンの価格は二人分で約1700円。

こちらでは日本のチェーン店が多く、それらは結構高い。

しかし、屋台のものはとても安い。

これらの夜店のお祭り状態は毎日で、台北では食事は屋台で済ますと聞く。

 

翌日、臭豆腐と書かれた屋台で、同様の匂いが・・・

正体は「これか?」と思うものの確信はない。

確か台湾からの旅行者が日本の電車の中で食べようとして、

余りの異臭に緊急停車したというニュースを憶えている。

タクシーは他の物価に比べて安い。

車種はトヨタのウイッシュが多いように思う。

台湾では結構日本の高級車が走っているけれど、

服装に関しては一様に無関心でダラダラで小汚い。

 

この時期気温は20度前後だが、

どのタクシーに乗ってもクーラーがガンガン効いて冷える。

運転手は何故かダウンやセーターを着ているが、クーラーは切らないみたいだ。


 

 

今回はお茶の旅ということで茶芸館をいくつか訪れた。

そこで「いいな」と思う急須を見つける。

商品としても売っていたので値段を見ると予想を遥かに越える約14000円。

普段使う急須に「この値段はない」と思うのだが、時として旅は感覚を可笑しくさせる。

 

いつも自分への土産はその土地の石を拾って持ち帰るのみ。

エジプトやらモナコやらトロイやら色んな土地の石をシャーレに入れている。

初めて土産にお金を遣った気がする。

左奥がその件の急須だ。

 

二階が喫茶で一回が茶器などを扱っている。

ここの老婦人は日本語が上手くて、結構色々と話し込んだ。

 

そしてホテル近くの乾物問屋の街を歩く。

ここでは干しエビを買った。

 

その後は台湾の新幹線で台中へ。

そこからまたバスで標高500メートルの街へ行く。

 

台中の新幹線の駅、ロイヤルホストは日式の弁当屋。

 

バスに乗り込み到着は夜、そのまま鍋を食べに行く。

台北と違い食事代がかなり安い。

台北だと日本とそんなに変わらないが、

地方都市だと半分くらいに感じる。

 

この辺りは珍しいキノコも採れるそうで、

キノコと豚肉のトマト鍋を食べた。

地方都市は日本語は勿論、英語もほとんど通じない。

日本人とも出会えなかった。

台北では日本語も結構通じて不便はなかったので、この差に戸惑った。

写真入のメニューもなく、食事を頼む時は困ることが多い。

 

翌日、レンタカーを借りて茶農園へ行く予定が、

街のレンタカー屋は数年前に潰れて今はバイク屋しかないと言う。

バイクで二人乗りで行くしか方法はないらしい。

 

バイクに乗るのは、おそらく25歳でバイクを止めてから約35年ぶり。

バイクと言っても125ccのスクーターのみ。

スクーターはタンクを脚で挟めないので恐いのである。

おまけに「右側通行」という壁・・・・

まあ、この旅でこれが一番の体験だった。

行きは2車線の細い山道を標高700メートルまで約30キロ。

とれこはギャーギャーと五月蝿い。

おまけに曲がりたい方向へ体を倒してくれないので、

上手くカーブが曲がり切れない。

段々と腰が痛くなってくる。

風景は流石に熱帯、亜熱帯と言った感じだ。

茶農園では余り儲からずに、最近は珈琲豆も作っているとか。

 

茶農家ではお婆さんが茶葉からゴミを取り除いていた。

 

農園でお茶を頂き話を聞く。

左端が茶園まで案内してくれたゲストハウスのオーナー。

彼が居なければ、ここまで辿り着けなかっただろう。

 

その後オーナーと別れて、茶芸館を二箇所ほど訪れて、日月潭へ。

茶芸館はどこも洒落た建物だった。

古い建物を本当に綺麗にリノベしている。

一周30キロのカーブだらけの湖水道路を走る。

もう釣りをする気力もないが、ちょいと竿を振ってみる。

帰り道は4車線の国道。

ほとんど高速道路状態。

70キロで走っていても追い越されていく。

下り坂で馬力のあるスクーター、余裕で百は出そうだが、

35年ぶりでオマケにスクーターというのはちょいと恐怖だ。

 

湖畔で食べた三菜一汁というもの。

キノコのスープが絶品で、右の野菜炒めがコリコリと歯ごたえがあり旨かった。

キノコスープも絶品。

日月潭の美しい景色は撮っていないが、旨いものだけ撮っていた。

日月潭>>>http://www.taipeinavi.com/miru/40/

そして街へ着いた頃には首や肩が痛くなっていた。

この旅で二度目のマッサージへ。

旅行でマッサージへ行くことは初めてで、二度も行くとは思わなかった。

 

夜にバイクがあるので台湾全土で有名なチョコレート屋へ。

18度Cと言う名の店は土日は2時間待ちの行列ができるとか。

 

アイスクリームもあり買おうとしていたら、レジのところに偶然オーナーが居て話しかけられた。

日本が好きで大阪にも行ったことがあるという。

日本でもチョコ修行をしていたそうだが、日本語は片言で殆ど英語だ。

彼のお喋りが熱心に続き、レジの後ろに行列が溜まっていくのが気が気でなかった。

18度C>>>http://www.taipeinavi.com/shop/314/

 

最終日は朝飯に入ったカフェで初老夫婦のもてなしにうれしくなる。

飲み物とソーセージ・パンを頼んだが、飲み物とソーセージしか出てこない。

パンを所望するが、「bread 」と書いてもこれがどうしても通じない。

どうやらパンで通じたみたいだ。

植民地時代に日本語のパンをそのまま使ったそうだ。

それからコミュニケーションが好きな主人が色々と話しかけてきてくれて、

英語と漢字を使って1時間くらい話していた。

種無しのオレンジをサービスで頂く。

種無しを主人は説明したくて漢字で説明してくれる。

分かったので日本語で「種無」と書くが通じない。

どうやら「種」は「子」と書くらしい。

「no seed」と書いたら理解してくれた。

「seedless」では通じない。

カフェの隣に駐車場があり、とても大きなマンゴーの樹がある。

「これはマンゴーの樹だ」と聞いた時は驚いた。

マンゴーがこんな大きな木になるとは思いもしないし、

見た事もない大きなマンゴーが落ちていた。

マンゴーには色々な種類があるそうだ。

 

その後バイクを返してバスの停留所へ。

午後1時のバスに乗る。

そして新幹線、飛行機と乗り継いで夜中の12時半ごろ家に辿り着いた。

 

 

村田 兼一 | 旅行・行楽 | 00:59 | - | - | - | - |

「魔女の系譜、校了」、そして軽井沢へ。

9月6日

ゲラ刷りで大体、本の全容が見えて来る。

表紙はグレーではなくブラウンとなる。

 

文章1ページに対して写真は3ページでの構成。

全約120ページ。

写真の色校正は手こずらなかったが、

文章は土壇場まで直しまくっていた。

校了。

そして10月5日発売です。

「魔女の系譜」村田兼一著 玄光社刊行。

 

九月某日

軽井沢へ、甥の結婚式へ向かう。

7時半と言う今年一番の早起き。

途中の諏訪湖。

 

夜は長野の鹿教湯温泉。

一人占めの露天風呂、我が美脚、温まる。

 

長野は色々な名山があり、いちいちグーグルマップで調べてみる。

 

小諸に立ち寄り、小諸蕎麦を頂く。

蕎麦好きにとっては何よりの至福。

 

土産物屋で美味しい蕎麦屋を聞き込む。ここの蕎麦屋を勧められる。

創業200年だとか、昔ながらの蕎麦だった。

 

午後から甥の挙式に出席。

式前に一枚。

乾杯の挨拶で式が始まる。これを任せられて、あがってしまう・・・。

 

夜は巨大アウトレットの前にある巨大プリンスホテル。

部屋が一番端の方なので曇って良く見えない。

 

翌朝は霧だった、ホテルの窓より。

とれこは早朝より急死した叔母の葬儀の為に高知へ。

まさに冠婚葬祭だ。

私はゆっくりホテルバイキングへ。

 

帰る前に軽井沢銀座や諏訪神社などを訪れる。

 

牛と一枚。姪に撮ってもらう。

 

アウトレットで水炊き用の小鉢を買う。

双子の妹と姪と蕎麦を食べる。妹も来年は私と同じ60歳となる。

そしてまた7時間かけて帰阪。

 

長野の山並みに夕陽が落ちて行く。

村田 兼一 | 旅行・行楽 | 00:02 | - | - | - | - |

小旅行記。

八月某日

サロメちゃん、遅い夏休みでウチヘ遊びに来る。

これは2ヶ月以上前に決まっていたが、

何故か知らぬ間にタマととれとサロメちゃんとで旅行に行くことにも話は進んでいた。

行くならば、朽木へ釣りへ行きたいと希望したが、台風が心配だった。

 

八月某日

台風の影響で大雨が降る。

撮影はしないと決めていたので、近所の商業施設でポケモンをする。

夜にタマも明日の旅行の為に泊まりに来る。

 

八月某日

台風一過、しかし日本海側で突然に雨が降ったりもした。

第二京阪から名神、湖西線、鯖街道と進んで福井県の瓜破の滝へ。

ナビの予定よりも1時間早く到着できる。

しかし同乗者からは運転が荒っぽいと不評だった。以後、気をつけます。

久しぶりの瓜破の滝、大雨のせいか涼しいせいか、あまり水が冷たく感じなかった。

 

夏に訪れる瓜破の滝は、手が千切れそうなほどに冷たいのだが・・・

そして何より悔しいのは、参道前の茶屋の「水饅頭」が売り切れていたこと!!

 

これが参道(産道)への入り口辺り。

 

とれこが偶然見つけた熊川宿の再現された街並み。

ここが鯖街道の起点らしい。

熊川宿はゆっくりともう一度訪れなくては。

下の画像は道の駅。このひとつ奥に宿場がある。

 

琵琶湖近くの川で毛バリでハスを釣る。

 

琵琶湖でも一応、投げてみる。

 

夜ご飯は安曇川の鰻を頂く。

川ウナギなので臭みがなくてとても旨い。

以前、親父の友人のT先生から年に一度は、ここのウナギを頂いていた。

もうどちらも鬼籍に入り、もはや自力で食べに来るしかない。

 

お腹が満ちて、山奥のコテージへ。

昨夜まで熱帯夜だったのが寒いくらいで驚いた。

 

コテージのオーナーはジブリのアニメに出てきそうな、絵になるお婆さんで、

朝も大きなバスケットにパンと果物を入れて持って来てくれる。

 

そしてお昼は朽木へ。

朽木と言えば岩魚定食。私はお刺身を頂く。

お供には、口の中に山椒で詰まった山女も。

 

トイレから戻ると何故かビールが・・・

 

2時間半だけお目当てのマス釣りをするが、全く釣れない。

水がかなり濁っている。

台風の影響か、かなりのショートバイト。

 

タマは一人粘りにねばって、終了間際に小さいのを一匹。

えらいねぇ〜

帰り道は高速に乗り損ねて地道で。

みなさんもポケモンに興じて、車での退屈も無く楽しく帰宅。

 

九月某日

この色校とゲラが届いて、サロメちゃんの夏休みも終わり。

その場から私も校正作業へ。

 

私はまた5日後に数日軽井沢へ、甥の結婚式へ行く。

そのころには「魔女の系譜」は輪転機にかけられている。

詳細はまた後ほどに。

 

九月某日

七菜乃展「私の女神たち」終了。

今回プリントミスなどで、ご迷惑をかけました。

どうやらプリンターの修理後の調整が拙かったようです。

無事展示は終了。

皆さま、ご苦労様です。

 

村田 兼一 | 旅行・行楽 | 00:50 | - | - | - | - |

近江八幡、奈良と行楽「食と酒」


乙画廊の「髑髏展」は無事終了、有り難うございました。

髑髏展も会期も終わる頃、東京は神保町画廊のオーナー佐伯さんが、
我が家へ遊びに来る。
佐伯さんとは出かけている時以外は、始終台所で料理を作りながら日本酒を呑んでいた。

「鮒鮨が食べたい」という希望の来阪、翌日は久しぶりに行楽を楽しむ。
何せこのひと月くらいは鬱々と閉じ篭っていたので、
気分を変えてパーッと高速を走らせることにした。
場所は近江八幡で見付けた、色々な発酵寿司や押し寿司を扱う店。
80キロほど東北へ車で走る。


私は酸っぱい鮒鮨は一切れ食べ、後はもろこを焼き、鱧寿司や鯖寿司、ブリとろ等を頂く。
その後雨が降り出し観光は諦め、お茶の為に「たねや」目指す。
しかしそこが偶然、行きたかった「日牟禮八幡宮」の前だった。


帰宅後、夜はやはり台所で日本酒呑みながら食事。
翌日は3時から奈良は白毫寺へ。


ここは数年前、初詣に来て以来何度か訪れている。
有名なのは閻魔大王なのだが、私は薄暗い本堂に腰を浮かせて、
窮状があればいつでも駆けつける準備をしている勢至菩薩が愛らしくて好きだ。
左手で合掌している高さ40センチの小さな仏像だ。


夕方はなら町で奈良の地酒のみの販売と試飲が出来る店へ。
三杯呑んだ佐伯さんは白にごりのお酒を買う。
その後、路地裏のお好み焼き屋へ。
「これにてドロン」と言う訳で東京へ帰られた。




 
村田 兼一 | 旅行・行楽 | 22:07 | - | - | - | - |

慰安旅行と個展無事終了。プリント合宿前半編。


個展中だった。
12月2日、駅で七菜乃さんを拾いそのまま高速を飛ばして和歌山県は淡島神社へ。
私はここへ初めて訪れたのはブログを辿ると2007年だった。
それ以来何度かこの雑賀岬には足を運んでいる。

途中、サービスエリアで翌日3日誕生日であるとれこの祝いを
菜乃さんが買って来てくれたケーキでする。

4時前に神社に到着。
色々な人形が神社のあちこちにエリア分けされて置いてある。




過去に訪れた時のブログ。
2007年3月にポチと訪れた時は社殿に山と積まれた雛人形に驚いた。
http://blog.ken-murata.com/?eid=644497

こちらは2008年同じ3月だが、流し雛の行事の後だったのか、
大量の雛人形はなかった。
http://blog.ken-murata.com/?eid=780044




夕暮れ、海の向こうには友が島が見える。




雑賀岬の途中にある旅館に宿泊。
料理と温泉を堪能する。
ポルチーニ茸やフォアグラ、トリュフなどと和食を組み合わせた料理が旨かった。
翌日の朝食もまた豪華だった。

どちらも食べ切れないと思ったが、旨いとなんとか入るものだ。
いじましく写メを撮ってはインスタグラムに上げていた。


今回、七菜乃さんの目的は旅行ではなくて彼女の12/18から始まる展示のプリントの為だ。
セルフの写真集を日本カメラから出されているが、今回の展示はほぼ撮りおろし。
私はプリンターとして参加。
これらの後半編は次回に。

そして、今日個展が無事終了いたしまして、皆さま有り難うございます。
ツイート、リツイート、シェアやファボなど、色々と応援を頂き感謝です。
来年も機会があればよろしくお願いいたします。
村田 兼一 | 旅行・行楽 | 22:48 | - | - | - | - |

高野山、龍神村へ慰安旅行兼原稿合宿。プラス「さかしまのリリス」発送状況



今回は色々な撮影や雑事の合間を縫ってとれこ、谷崎と慰安旅行へ出かけた。
とは言っても、そこは抜かりなく旅館では「魔女の系譜」の原稿を谷崎にネタ出ししてもらう缶詰旅行でもある。

1時ごろ出発して先ずは高野山奥の院を目指す。
4時過ぎ到着したが外国の観光客でにぎわっていた。


鳥居の低さが面白い。


この川に立つ木片は何だろうと撮ってみる。
面白い企業の墓などは前回に撮っているので、そちらを。
http://blog.ken-murata.com/?eid=980682


高野山の奥の院は好きで何度か訪れているが、空海が住んでいるという部屋を御簾越しに初めて見ることが出来た。
いつものように地上の社を拝んだ後に、「地下へいく階段」を谷崎が発見。
導かれるように行く。
普通に参拝は可能なのだが、いつも見落としていた。
魔女の鼻のよさに感謝。


薄暗がりに桜が幽玄だ。


建物の上に建つ弥勒様の場所から下を撮っていたら、それを谷崎に撮影されていた。
私が弥勒様を懸命に撮影しているみたいだ。


5時半に高野山を出て、龍神村に向かう。
龍神ハイウェイを飛ばして1時間くらい。
途中、夕焼けがヨード卵光のようだった。


今年は高野山開創1200年とあって、旅行を思い付いて宿を探したが、安いところは何処も無く、結局割高な老舗旅館となる。
しかし部屋も3部屋あり、料理も旨かった。
龍神温泉はかれこれ40年は通っている。
なんの為かと言えば「鮎料理」の為である。
若い頃は毎食鮎を食べる為に2週間は滞在していた。
まだ解禁前なので天然モノは口には出来なかったが、焼き加減が絶妙だ。


食事をするのは別の個室だった。
翌日、眠れなかったので、朝飯は要らないととれこに伝えてもらうと、
そっと部屋まで料理が運ばれていた。
下の画像の食卓から更に次から次へ料理が運ばれて、喰い切れなかった・・・

ここは美人の湯で有名で、身体が本当にしっとりと気持ちよくなる。所謂、美肌効果だ。
40年近く以前に来た時は龍神ハイウエイもなく、まだ人も余り来ない秘湯のひとつであった。
高野山からガタガタの山道を数時間かけて走った。
その時、村の女性を何人も見たが一様に確かに美人であった。
山奥の村で近親婚で美人の血が濃くなっているのかと思った。
何も湯に入ったからと美人にはなれないだろうが、確かに湿度で若さは保たれる。


翌日は龍神村から1時間半のところにある荒神社へ行く。
谷崎のお勧めのスポットらしい。
吉野の山々が見渡せて素晴らしい景色の先に便器らしきものがある。
壮大なトイレだと思ったが、どうやら便器ではないらしい。


ここは鳥居の寄進が多く、山の上にある本殿までの間、物凄い数の鳥居をくぐることになる。
登り初めで、余裕の顔。


これは真ん中辺り。
トップの画像はあと一歩で頂上の谷崎。
伏見稲荷とはまた違ったもっと「気」の開放感のある異界であった。


高野山に戻り金剛峰寺へ。


桜をまだ愛でる事が出来て良い旅となった。
しかし旅の難点は眠る時間が世間とは逆なので、今回も眠い旅となる。
二日間で計8時間しか眠れなかった。
辛い。
そして、原稿合宿は数日続く。

写真集「さかしまのリリス」二度目の発送は、22日までの入金分を発送。
24日からのご入金分は24.25.26日に撮影合宿が入るので、発送は27日以降となる。
村田 兼一 | 旅行・行楽 | 19:36 | - | - | - | - |

節分あれこれ日記


12月末から1月の20日頃までは朝の8時頃に起きているいう奇跡的な生活をしていた。
元々自然光撮影の為の早起きだったが、それが続くなんて・・・
ここ30年正午より早く起きることなど葬式と親戚の結婚式くらいだ。滅多にないので不思議だった。
寝酒の量も減り良かったのだが、ここ10日程でまた元に戻ってしまう。

なんとかそれを挽回すべく、ここ1週間、山に隣接した神社へ三度ほど出かけた。
ひとつは石切神社、もうひとつは枚岡神社。
寒い中、坂道の参道を歩いていたら夜には眠くなるだろうと・・・
しかしあまり効果はない。

昨日、2月2日に枚岡神社へ行くと、人っ子一人居ない中、白い御神灯がずらりと風に棚引いている。
看板には明日の夕方5時より「節分」の神事が催されるとある。
何となく悔しい思いで、参拝して隣の梅林を歩いた。
心配していたヒザは痛まずに済んだが、「普段未公開の本殿に入れる」とあったのが心残りだ。
一緒に行ったとれこは「ぜんざいが振舞われる」とあるのが心残りだったようだ。

そして再び枚岡神社へ出かけた。
5時より節分祭がとりおこなわれ、神官が本殿に向かって祈祷を始める。
一般の参拝者が中へ入れるのは6時からだ。




一通りの儀式が終わるまで本殿に入れないのでテントの中でストーブにあたっていた。
テントの中には地元の人達が数人ほどだ。
創祀は初代天皇、神武天皇が大和の地で即位される3年前と伝えられている由緒正しき神社なのだが、
その閑散ぶりに淋しく思う。


時間が来たのでいよいよ待望の本殿へ。
本殿も人が少なくじっくり参拝。



しばらくして下へ降りると何処から現れたのかと思うほどの人が沢山居る。
長い行列が出来上がり、とれこの目的と同じく、ぜんざい目当てに人々は並んでいた。


餅のセイロ蒸しは三機フル稼働で子供等もぜんざいを頬張っていた。


帰る頃には階段にも参道にもろうそくが並べられていた。


体が冷えたので家に帰って、イワシの塩焼きと熱燗を夢見ながら家路に着く。
しかし何故かお好み焼きだった・・・


この節分、立春の前日におこなわれる。まさに季節を分けるイベントだが、
由来などフォトテクニックデジタル2月号(発売中)に連載中の「魔女の系譜」で紹介。
写真は関係なくヌードだが。


そして1年ぶりにhakuさんが遊びに来る。
またモデル復帰をしてくれるそうだ。
村田 兼一 | 旅行・行楽 | 21:42 | - | - | - | - |
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