タマのち撮影合宿。

前回の漫然とした雑記の時点よりは、「少女観音」の表紙や諸々完成に近づきつつある。

大体のラフをとれこに渡し、イラストレーターやインデザインをさわる隣で、

「フォントはもっと丸く」とか「そこはかんな感じの罫線で」とか言っていると中々進まない。

 

上の写真は21日から撮影合宿の森之宮遠子ちゃん、以前の名前は散歩ちゃんだったが、

少女観音に名前を掲載するのに合わせて改名した。

 

タマがせいくんを連れてやって来た。

前から強かったが、最近は一段と怪力にも磨きをかけている。

 

先日ニュースで日本の幸福度ランキングが世界で50数位だとか言っていた。

先進国では最下位。

最下位の理由のひとつに「他者に寛容でない」というのがある。

 

タマの話では公園で授乳ケープをして赤子に乳をやっても非難されることがあるとか。

この話には驚いた。

私が成人する頃までは普通に電車で隠しもせず母親と言うものは母乳を与えていた。

それはごく当然のことと思っていた。

規律を守る人が増えたのは良いが、寛容でない世間の目が光っているのは息苦しい。

最近の世間の常識とは、差を感じることが多くなった。

 

昨日から咲き出した桜は今日は1/3まで花を付けた。

水槽横の桜の苔球だ。

遠子ちゃんは早寝早起きで、いつも夜昼逆転の私は迷惑をかけている。

最近はサプリメントのお陰で午後1時の起床から午前11時くらいに改善している。

 

彼女は寝転んだときの顔が良くて、なかなか縦位置の写真が少ない。

今回は意図的に縦位置を撮影してみた。

二日目の撮影はこのヨガの肩立ちのポーズで一日が終わった。

厳しいポーズなので疲労が激しい。

ご苦労様でした。

村田 兼一 | 撮影・制作 | 22:41 | - | - | - | - |

漫然日々雑記

前回の撮影が終わってこの20日間ほど何をしていたのか、

はっきりと思い出せない。

 

確定申告をしたりPCの機材を回りを整えたり、

古いデジタル画像を流し見したり、

親戚の法事に行ったりと、

漫然と過ごしていた。

*上の画像は2003年にフィルム撮影の時にテスト撮影したデジタル。

 

外付けハードディスクを10台に増やし、

Cドライブも256GBのSSDから1TBのSSDへ拡張する。

 

「テレビばかり観てしまいPCの前に行けない」と言っていたら

神保町画廊の佐伯さんに「パソコンの前にテレビを置けば」と言われ、小さな物を置く。

これで画期的にPCの前に座るようになった。

しかし、なんだかやる気が出ない。

脳が働かない感じだ。

姪にバイトを頼んで来てもらい、作業を手伝ってもらいながら色々と話をしていた。

どうも彼女に覇気が見えない、人生の展望も見えて来ない。

話を聞いていると、「どうせバイト人生」と暗く諦めている節がある。

何か喜びも刺激も無い・・・この状態、最近の私に似ていると思った。

 

20代も後半だが、もう一度専門学校にでも行って、新たな刺激や出会い、出来ることを増やせばよいと激励する。

我が身も何か新しいことを始めなくては、漫然と鬱々してしまうのは良くない。

台湾で35年ぶりにバイクに乗った時、何かが刺激され脳が活性化された感じになったのを思い出す。

「少女観音」のレイアウトなどはほぼ出来ているので、

あとは表紙が決まり、色校が出来れば済むのだが・・・

そこからなかなか進まないでいる。

 

次は不眠と糖質、サプリの話、脳の血流の話でも書こうかと思う。

 

村田 兼一 | 日常日記 | 21:02 | - | - | - | - |

ルナちゃん撮影合宿・後半編。

15日

毎日朝の6時半まで呑んでいると流石に疲れが溜まって来ている。

この日もなんとか二時間ぐらい撮影。

夜には昨夜注文した燻製器で燻製を楽しむ。

ナッツ類やベーコンを燻製にして酒の肴に。

何故か早朝の情報番組でラップを見せられてから就寝。

 

16日

もはや今回のテーマは撮りつくし、ルナちゃんも行きたいライブがあると言う事で、

本日夕方に帰京ということに。

 

次回作のテストを衣装合わせと共におこなって終了。

夕方、近所のイオンモールで買い物とお茶をして最寄り駅へ。
かなり呑み過ぎでお疲れモードの撮影となったが、
満足いくまでイメージは撮れた。
次回、四月初旬に撮影予定。

 

 

村田 兼一 | 撮影・制作 | 22:35 | - | - | - | - |

ルナちゃん撮影合宿途中編

11日

夜遅く、大阪のライブの後にルナちゃんが我が家へ来る。

昨夜は寝ていないと聞いていたので、直ぐに寝るかと思えば、

久しぶりなので朝まで呑んで話し込んでしまった。

大阪で食べたいものリストを渡される。

 

兎に角、急な寒波で酷く寒い、古い我が家はシベリア級だ。

撮影になるか不安であ。。

食わせて寒さを凌がせるしかない。

 

12日

12時半起床。

とれこも同じように寝ていたので昼飯が無い。

食べたいと言っていたうどん屋へ。

そして3時半頃から5時半まで撮影を。

結構光が回っている。

12月の時は4時でももう暗かった。

太陽の回復の早さに驚く。

 

今回の撮影は天使がテーマ。

去年の中頃より「観音から天使へ」と変化してきている。

 

 

13日

12時半起床

3時から5時くらいまで、雲が多くて夕方は諦める。

しかしなかなかに濃い写真が撮れた。

6時までポーズなど色々試す。

11時半から朝の6時半まで呑んだりギターを弾いて唄ってもらったり。

14日

1時半起床

二日酔いはしないのだが、なんだか体がだるい。

流石に7時間も呑んでいると調子が悪い。

4時から5時まで1時間撮影。

その後、梅田へ。

外食は苦手だが、ルナちゃんが東京で四人に勧められたという寿司屋へ。

そこまで勧められれば行くしかない。

お目当ては「うなぎバター寿司」と言うらしい。

カリッとしたうなぎにバターが効いている。

これは美味しい。

 

寿司屋近くのお初天神へ。

ここは大阪駅の直ぐ近く、しかし参拝は初めてだ。

4月頃発売の写真集「少女観音」のポーズ。

 

難転石というのを転ばせている。

こちらはインスタグラムに動画をアップしている。

https://www.instagram.com/ken_murata7/?hl=ja

 

そうそう、忘れていたが、日本カメラ社からヌードのムック本が出ています。

月乃ルナちゃんも2ページ、村田は全6ページ掲載。

アマゾン>>>

 

一息ついて15.16.17日と撮影は続く。

 

村田 兼一 | 撮影・制作 | 00:46 | - | - | - | - |

ここ2ヶ月雑感。明日から撮影合宿。

上の画像は写真集「魔女の系譜」の一枚。

モデルは月乃ルナちゃん。

2015年3月、初めての撮影の時のもの。

著者通販カルマショップ

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1月の制作雑記はひと月で1回しか更新せず。

これは割と最悪記録かも。

まあそれ程、去年の12月くらいから、やる気の無い日々を過ごしていた。

そして1月後半から大慌てで編集作業。

 

写真集「少女観音」の編集をしていると表向きは装っていたが、

実のところ「あとがき」になかなか進めないで、悶々としているうちに間抜け空間へ引き込まれていた。

 

次々と繰り広げられるトランプ劇場をボーっと観ながら過ごす毎日。

イデオロギーで政治をせず、自国の利益で事を運ぶ。

戦争が不利益と考えているうちはナントも平和な主張だろうか。

民主主義と資本主義を遍く世界へ広めようとするアメリカの余計なお世話が、

鬱陶しいく思っていたのだが、ここまで金だけ主張されると流石に辟易する。

彼は何か映画のキャラクターに見えて仕方がない。

決して好きにはなれないけれど、とりあえず下品で面白い。

 

2月に入り1日2日と近い親族の葬儀、4日5日とお世話になった隣人の葬儀と滅入る毎日。

流石に寒気が止まらなくなり、風邪を引きかけた。

 

明日から月乃ルナちゃんの撮影だけど、雪で新幹線がどうなるか心配なところ。

そして何より極寒の中、撮影がどうなるか。

村田 兼一 | 日常日記 | 02:33 | - | - | - | - |

正月松の内雑感

 

1月松の内

サロメちゃん、来る。

仕事を手伝ってもらうためだが、初日はとりあえず呑む。

しかし翌日タマが来て再びダラダラになる。

 

年末の誕生会を年明けにすると、ケーキを持参して来る。

ケーキは美味かったが、59本のローソクの蝋は大量だ。

 

二日目から四日目まで、3人と赤子で近所のショッピングモールを巡ることになり、

夜は差し入れのビールを呑んでしまう。

 

結局仕事にはならず、なんだか正月が再来したような5日間だった。

年末年始に付いた贅肉とサボり癖を落さなければ・・・

 

三が日辺りに「魔女の系譜」がまた1位に返り咲いていた。

お年玉で買ってくれているのだなあと感謝する。

アマゾン>>

 

作家サイト>>>

今年もよろしくお願いいたします。

 

村田 兼一 | 日常日記 | 22:21 | - | - | - | - |

1年を駆け足、画像で振り返ってみる。

2016年を画像を少し小さくして一気に振り返ってみた。

 

今年の「制作雑記」のトップも上のサロメちゃんのこの作品からだった。

正月に遊びに来てくれました。

続いて北見えりちゃんの撮影合宿。

 

そして2月には神保町画廊の佐伯さんと近江、奈良の旅。

 

この月に欧州から9冊目の写真集が出ていました。

 

今年初めてモデルされる散歩さん。

風呂場が寒くて泣いてしまうのは面白かった。

世代差って楽しいです。

3月には散歩さんの為に風呂の改修工事の後、七菜乃さんの撮影合宿。

観音とキノコを撮った気がします。

 

5月には母の一周忌。

散歩さんの二度目の撮影。
もう風呂は暖かいはず。

そして5月の下旬からは20周年記念展を神保町画廊で開催。

過去の作品をそれも未公開のものを掘り起こしました。

下の画像はフイルム撮影前のポラのテスト。

 

6月頃から7月にかけて京都で珠展。

7月初旬、アート大阪。

月乃ルナちゃん撮影合宿。

暑くて水族館で遊んでいた。

 

7月の下旬、七菜乃さんの写真展の為のプリントをする。

菜乃さんが沢山の女性を撮影したものです。

私の撮影は30分しか出来ず。

8月は何度かお会いしていたマリアちゃん、今年初めて撮影する。

 

彼女の撮影以降は、「魔女の系譜」の為の推敲を重ねる。

8月下旬から9月、サロメ、タマ、とれ、と小旅行をする。

そして甥の結婚式の為に軽井沢へ。

大阪からは遠い!

 

百合嬢さんのテスト撮影。

10月に「魔女の系譜」発売。

>>>アマゾン販売ページ

10冊目の写真集。

10月hakuさんの母子撮影。

10月は何故か悪い咳に悩まされ、ひと月何も出来なかった。

再びマリアちゃん。

11月大慌てでパリフォトの展示準備と神保町での出版記念の準備をする。

下はパリフォト風景。

神保町画廊での個展で上京。

帰宅後すぐに七菜乃さんの撮影合宿。

「観音から天使へ」(タマが天使だと言うので、導かれたつもりで)

天使案を自分で思い付いたように書いていたら、

タマの激しい突込みが・・・タマセンセーのお導きです。

翌週は吉岡愛花さん。

そして11月の下旬から12月初台湾へ。

とれの紅茶農園へ行きたいという希望の元旅立つ。

 

12月中旬に散歩さんを撮影。

それ以後は少女観音の編集作業とひたすらテレビを観ていまう。

やらなければならない事があればあるほど、テレビに逃避してしまい、

自分でも厄介だ。

 

そして12月30日に59歳の誕生日を迎える。

忘れていたら、サロメちゃんとタマからラインでハッピーバスデーと言われて、

「あっ、そうか!」となる。

誕生日は自分のも他人のもあまり重きを置かないので淡白。

しかし来年は還暦なので盛大にしてみたいなと目論む。

 

そんな中、谷崎榴美夫妻とそのお子様が星田妙見へ訪れた帰り道立ち寄る。初め
て旦那様とお子様にご対面。

 

では、皆さま良いお年を!!

 

 

村田 兼一 | 日常日記 | 01:48 | - | - | - | - |

冬至雑感

なかなか調子の上がらない年末だ。
写真の編集は大体アタリはついたが、文章がまとまりきらない。
写真集なので文章など不要だといえばそうなのだが、
それでは観音様に申し訳が立たない。

 

毎年、冬至や夏至には「それらしいこと」をしようと目論むが、

毎度、その日が冬至だったことすら忘れている。

今年は何とか冬至を覚えていて、太陽の沈む様をスマホで収めておいた。

一年で一番弱った死に逝く太陽だ。

そして明日から新しい年が始まり、太陽は復活していく。

 

冬至の太陽が沈んだ5時頃、花博跡を少し散歩する。

上の巨大なキノコのようなオブジェ、何かしら撮影に使えそうだ。

池の対岸に朽ち行く中国庭園が見える。

6時前には薄暮から夜の帳が、噴水のところに小さなツリーが光っていた。

先日、ベルリンでトラックがクリスマスマーケットに突っ込んで行った。

この現場がベルリンに滞在していた時、よく横切っていた広場だった。

ビアガーデンがあり昼間から皆、楽しそうだった。

 

 

今年も色々と友人知人から美味しいものを戴いた。

しのぶさんからはロイズのチョコポテチやクッキー、

中でもこのシュトーレンは今まで食べた中で一番旨い気がする。

 

ぴかさん、浅見さんからは日本酒が。

冬至なので大工さんから戴いた柚子で風呂に入る。

サロメちゃんから戴いたノドグロの干物は、

ハタハタに次ぐ旨さだと思った。

ウニもあるのでパスタを作ろうかと思ったり。

そんな感じで私の平穏な日々を

当たり前と思い続けたいものだ。

 

村田 兼一 | 日常日記 | 22:24 | - | - | - | - |

撮影合宿やら編集やら。

12月某日

ひとり野散歩さん撮影合宿が始まるが、

塀の瓦修理を頼んでいた大工さんが好意で屋根瓦も見てくれる。

屋根を頻繁に歩かれるので、屋根裏部屋で撮影が出来ず、この日は諦める。

 

某日

雨模様。

昨日のお天気が嘘のよう。寒くて暗い。

補助光を当てるが、最終的にはない方がやはりいい。

 

散歩さんは以前までお酒を飲まなかったが、

梅酒程度は飲むようになったとか。

しかし元来お酒が強い体質みたいで、これが幾ら飲んでも酔わない。

 

某日

午前中は雨がったが、段々と晴れてくる。

なとんか3カットくらいは撮影が出来る。

某日

写真集「少女観音」の画像を全てL判にプリントして、

対になるものやカテゴリに分かれるものを分類してみて考えていたが、

一気に適当に組んでいくことにする。

 

年末までにはある程度カタチにしたい。

後は頭にある文章も書き出さなくては。

撮影合宿が終わってみれば、今年もあと2週間とは驚きだ。

村田 兼一 | 撮影・制作 | 02:16 | - | - | - | - |

台湾旅行・結構文章が長くなった・・・

個展や撮影などが終わった頃、

以前からとれこに行きたいといわれていた台湾へ。

欧州の方はよく行くが身近なアジアの都市は行ったことは殆どない。

舶来品に憧れていた古い人間だからだろうか。

唯一タイへメコン大ナマズを釣りに行ったくらいだ。

今回も日月潭という湖で釣りを目論んでいた。

朝が苦手なので関空を夕方旅立った。

飛行機から見る「夜と昼の狭間」

かなりの高度のはずだが、海には漁り火が見える。

 

台北で二泊三日。日月潭近くの街で二泊。

台北では観光地へは行くことなく、街歩きを楽しんだ。

 

 

夜市で旨いものをと思っていたが、

時々臭う謎の腐臭に我慢ならず昼間見ていた小籠包の店へ、

逃げるようにタクシーで行く。

台北の物価は結構高く台北駅で食べたラーメンの価格は二人分で約1700円。

こちらでは日本のチェーン店が多く、それらは結構高い。

しかし、屋台のものはとても安い。

これらの夜店のお祭り状態は毎日で、台北では食事は屋台で済ますと聞く。

 

翌日、臭豆腐と書かれた屋台で、同様の匂いが・・・

正体は「これか?」と思うものの確信はない。

確か台湾からの旅行者が日本の電車の中で食べようとして、

余りの異臭に緊急停車したというニュースを憶えている。

タクシーは他の物価に比べて安い。

車種はトヨタのウイッシュが多いように思う。

台湾では結構日本の高級車が走っているけれど、

服装に関しては一様に無関心でダラダラで小汚い。

 

この時期気温は20度前後だが、

どのタクシーに乗ってもクーラーがガンガン効いて冷える。

運転手は何故かダウンやセーターを着ているが、クーラーは切らないみたいだ。


 

 

今回はお茶の旅ということで茶芸館をいくつか訪れた。

そこで「いいな」と思う急須を見つける。

商品としても売っていたので値段を見ると予想を遥かに越える約14000円。

普段使う急須に「この値段はない」と思うのだが、時として旅は感覚を可笑しくさせる。

 

いつも自分への土産はその土地の石を拾って持ち帰るのみ。

エジプトやらモナコやらトロイやら色んな土地の石をシャーレに入れている。

初めて土産にお金を遣った気がする。

左奥がその件の急須だ。

 

二階が喫茶で一回が茶器などを扱っている。

ここの老婦人は日本語が上手くて、結構色々と話し込んだ。

 

そしてホテル近くの乾物問屋の街を歩く。

ここでは干しエビを買った。

 

その後は台湾の新幹線で台中へ。

そこからまたバスで標高500メートルの街へ行く。

 

台中の新幹線の駅、ロイヤルホストは日式の弁当屋。

 

バスに乗り込み到着は夜、そのまま鍋を食べに行く。

台北と違い食事代がかなり安い。

台北だと日本とそんなに変わらないが、

地方都市だと半分くらいに感じる。

 

この辺りは珍しいキノコも採れるそうで、

キノコと豚肉のトマト鍋を食べた。

地方都市は日本語は勿論、英語もほとんど通じない。

日本人とも出会えなかった。

台北では日本語も結構通じて不便はなかったので、この差に戸惑った。

写真入のメニューもなく、食事を頼む時は困ることが多い。

 

翌日、レンタカーを借りて茶農園へ行く予定が、

街のレンタカー屋は数年前に潰れて今はバイク屋しかないと言う。

バイクで二人乗りで行くしか方法はないらしい。

 

バイクに乗るのは、おそらく25歳でバイクを止めてから約35年ぶり。

バイクと言っても125ccのスクーターのみ。

スクーターはタンクを脚で挟めないので恐いのである。

おまけに「右側通行」という壁・・・・

まあ、この旅でこれが一番の体験だった。

行きは2車線の細い山道を標高700メートルまで約30キロ。

とれこはギャーギャーと五月蝿い。

おまけに曲がりたい方向へ体を倒してくれないので、

上手くカーブが曲がり切れない。

段々と腰が痛くなってくる。

風景は流石に熱帯、亜熱帯と言った感じだ。

茶農園では余り儲からずに、最近は珈琲豆も作っているとか。

 

茶農家ではお婆さんが茶葉からゴミを取り除いていた。

 

農園でお茶を頂き話を聞く。

左端が茶園まで案内してくれたゲストハウスのオーナー。

彼が居なければ、ここまで辿り着けなかっただろう。

 

その後オーナーと別れて、茶芸館を二箇所ほど訪れて、日月潭へ。

茶芸館はどこも洒落た建物だった。

古い建物を本当に綺麗にリノベしている。

一周30キロのカーブだらけの湖水道路を走る。

もう釣りをする気力もないが、ちょいと竿を振ってみる。

帰り道は4車線の国道。

ほとんど高速道路状態。

70キロで走っていても追い越されていく。

下り坂で馬力のあるスクーター、余裕で百は出そうだが、

35年ぶりでオマケにスクーターというのはちょいと恐怖だ。

 

湖畔で食べた三菜一汁というもの。

キノコのスープが絶品で、右の野菜炒めがコリコリと歯ごたえがあり旨かった。

キノコスープも絶品。

日月潭の美しい景色は撮っていないが、旨いものだけ撮っていた。

日月潭>>>http://www.taipeinavi.com/miru/40/

そして街へ着いた頃には首や肩が痛くなっていた。

この旅で二度目のマッサージへ。

旅行でマッサージへ行くことは初めてで、二度も行くとは思わなかった。

 

夜にバイクがあるので台湾全土で有名なチョコレート屋へ。

18度Cと言う名の店は土日は2時間待ちの行列ができるとか。

 

アイスクリームもあり買おうとしていたら、レジのところに偶然オーナーが居て話しかけられた。

日本が好きで大阪にも行ったことがあるという。

日本でもチョコ修行をしていたそうだが、日本語は片言で殆ど英語だ。

彼のお喋りが熱心に続き、レジの後ろに行列が溜まっていくのが気が気でなかった。

18度C>>>http://www.taipeinavi.com/shop/314/

 

最終日は朝飯に入ったカフェで初老夫婦のもてなしにうれしくなる。

飲み物とソーセージ・パンを頼んだが、飲み物とソーセージしか出てこない。

パンを所望するが、「bread 」と書いてもこれがどうしても通じない。

どうやらパンで通じたみたいだ。

植民地時代に日本語のパンをそのまま使ったそうだ。

それからコミュニケーションが好きな主人が色々と話しかけてきてくれて、

英語と漢字を使って1時間くらい話していた。

種無しのオレンジをサービスで頂く。

種無しを主人は説明したくて漢字で説明してくれる。

分かったので日本語で「種無」と書くが通じない。

どうやら「種」は「子」と書くらしい。

「no seed」と書いたら理解してくれた。

「seedless」では通じない。

カフェの隣に駐車場があり、とても大きなマンゴーの樹がある。

「これはマンゴーの樹だ」と聞いた時は驚いた。

マンゴーがこんな大きな木になるとは思いもしないし、

見た事もない大きなマンゴーが落ちていた。

マンゴーには色々な種類があるそうだ。

 

その後バイクを返してバスの停留所へ。

午後1時のバスに乗る。

そして新幹線、飛行機と乗り継いで夜中の12時半ごろ家に辿り着いた。

 

 

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