
その昔、水やお茶を自販機で買うことに抵抗があった。
毎日、安い水道料金で飲んでいる家の飲み物を、
わざわざお金を出す感覚が分からなかった。
お金を出して飲むものは「何か特別のもの」でなくてはならなかった。
しかし時を経て「甘いジュースや炭酸など要らない時」が多いことに気付き、
今では水やお茶を買うことが一番多い。
ナニの話かと云えば「スマートフォン」のことである。
正月にスマートフォンを買った。
買わないつもりで居たのに、つい魔が差した。
買った当日。
親戚が集まる中、一人寝転んでイヂイヂとスマホを弄る。
「何を自慰行為に耽っている」と宮崎駿に怒られそうだったが、
楽しんでいるのではなくて、あれこれ操作しながら後悔していたのだ。
その後悔が、「おおコレはっ!」的興奮に変わるのに丸24時間かかった。
旅の時など、行きたい店や行き先を忘れても、
検索をして場所を特定して、ナビまでしてくれる。
購入した機種はWIMAXと接続出来て通信速度が速い。
そしてノートパソコンなどのWiFiにもなる。
スマホを持つ事でPCが外でも繋がる。
そして色々な携帯アプリ。
乗る電車が後何分で出発か知らせてくれる。
ソーシャルネットもほとんど、通知してくれて
その場で書き込める。
しかし、2週間が経ち、また気付く事が多々。
自分は殆ど家に居る。
電車には年に1度くらいしか乗らない。
故に携帯端末は要らないので、そもそもノートパソコンもない。
旅行も年に数回だから、しっかりと調べておけばよい。
時刻表を見て、時計を見れば「後何分で電車は出るか」分かる。
ネットゲームもミニゲームも好きではないのでやらない。
そもそも携帯電話を常に携帯していない。
そして最初に書いた「自販機の水」の話だが、
これは水を自販機で購入する経緯と似ているなと思った。
「何故割高の水を買うのか?」と「何故割高の携帯端末を使うのか?」と。
水は水筒持っていれば良いし、出先での事は準備をしていれば何とかなる。
どちらも以前はなかったもので、あれば便利なもの。
携帯端末もそのうち、自販機の水と同じく外でも欲していくのだろうか・・・
水よりかなり割高だが、世の中便利なものに流されていく。
世間は貧困でも便利なもの市場は活気がある。
「世界と繋がる」が「家庭内はバラバラ」と来る。
よく考えると「便利」とは「普通の事ではない」のだろう。
不便に慣れる方が人間として本来に近いのかもしれない。
しかし「人の有りよう」を論じても、世の中後戻りはしない。
何しろ進歩が素晴らしいと信じているし、経済効果がすごい。
故に私事としては、パソコンの時と同じく馴染んでおく事にした。
勿論、抗いたい気持ちは十分在るが。