制作雑記

モノクローム写真に彩色を施した村田兼一の妄想世界を創るまでの製作過程。
おもにデジタルカメラ、ポラロイドによるテスト画像を中心に掲載いたします。





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2009.06.29 Monday

ウパコとプレコとパラノイア(偏執狂)の森で。



私は昔からパラノイア(偏執狂)的なところがあり、或事が気にかかるとそればかりに集中してしまう。
その性癖のお陰で何かを一気に習得するとか、空想を実現化する事には役立つけれど、大抵は弊害の方が多い。
入れ込みすぎて猫にも女にも逃げられる。
自分の体に入れ込むとノイローゼになり、生きていることすら怖くなる。
釣りにのめり込めば365日釣りへ出かけてしまう。生活はどうなるのかである。
まあパラノイアなのだから仕方が無い。
しかしこの性癖、歳とともにマシにはなって来ている。体力と精神力が力失せているので、のめり込む引力も弱くなっている。
大体のめり込む事を考えて、もう猫は飼わないし恋をしようだなんて考えない。


しかし在る日、とれこ(山崎)に耳元で「水草水槽」と囁かれてしまった。これは辛かった。一度若い頃に手を出して、手酷い目に遭っている青春の日の恋が甦る。
私はそのリスクを十分に知っている。彼女に幾ら貢いでも彼女はこちらの思惑とは全く逆の方へと去って行った。
しかし彼女(水草)は魅力的だ。「今ならば経験値で彼女と上手くやれるかも知れない」等と甘い夢を見てしまった。ささやかな抵抗として、のめり込まないよう、水槽は小さなサイズにしておいた。
そして魚種も全く興味の無かったタマ推奨のウーパールーパー。これは自分でも予想外の選択だった。
この手の80年代エリマキトカゲと同時期に流行したものは当時から興味はなかった。
なにせ体色がアルビノか黄色である。形も奇抜だ。

タマにも「飼わない、在り得ない」と断言していた。
ところが今回熱帯魚売り場で黒い魚体のウパを発見してしまった。
7月に赤目四十八滝へ行こうと計画を立てていて、件の地の大山椒魚(大サンショウウオ)に想いを馳せていたところだ。だからこの山椒魚に似たウパに一目惚れをするのは必然だった。
こうして一気に小型の水槽とウパコとプレコ(苔取り魚)を購入してしまった。
そして恋は数日で燃え盛った。



購入時のレイアウト。


外側の観葉植物を遠景に取り込んで、砂も明るい色でファミリー的な雰囲気を出してみた。
しかし何か物足りない。
それは何か・・・フェティシスムだ。ファミリアとフェティシスムは相容れない・・・
そんな事は百も承知の今回の選択だった。
しかしヤハリ虚しい。


砂の色をウパコの体色とマリモの色に合わせたのが敗因だった。
翌日、2000円の安くは無い砂を捨てて高価な黒くマットな砂にする。
ウパコは避難水槽へしばらく移住してもらう。いつもこのパラノイアで女も魚も殺してきた。前もって避難所を作っている辺りが年の功である。

マニアックな水草屋を見たいと思っていたら、タマが天保山(大阪南港)へ行きたいと云う。とれこの会社の近所でもある。




とれこの職場の近くでとれこが惚れ込んだ水草屋が近くにある。ついでに立ち寄って、流木と水草を購入。苔を流木に巻き付ける。
この店の水草水槽を見た時に、「もっと大きな水槽が欲しい」と、はっきりした殺意を覚えた。とれこが魅惑されたのも分かる。

ウィリーモスとウパコが中心となる中南米型水槽なので北海道産のマリモには別宅へ移って頂く。



こうして一応、不完全ながらアウトラインが出来た。
また翌日、熱帯魚コーナーで水草とネオンテトラと小さな小エビを購入する。ウパコの餌にならないか一抹の不安はあったが、彼のとろい動作に同居が可能と踏んだ。
しかしこのウパコ、見た目と違いなかなか俊敏だ。
皆が起きている時間帯は魚やエビの素早さに捕獲は失敗していたが、明け方、水槽を覗くと半分眠っているネオンテトラを次々と喰っていっているではないか・・・

流石に学名にサラマンダーを戴いているだけはある。
サラマンダーは英語で山椒魚のことだが、私にはプリニウスの「博物誌」に出てくる火中に棲む小さな竜の名の印象が強い。
小さな体で次々と10匹くらいのネオンテトラを食してしまった。
また様子を見て水槽を分けなくてはならない。

こうして水槽に固執する日々が少し続くのだろう。


01:15 | - | - | -
2009.06.23 Tuesday

「入子細工(いれこざいく)の悪夢」について。



月夜乃散歩氏のイメージは「入子細工の悪夢」と云った形容が当てはまる。

月夜乃散歩氏から大量の薔薇が送られてきたのは2007年の7月のことだった。
この時私はこの薔薇で「薔薇の毒」と云う作品を制作したのを覚えている。
この頃より彼のHPより彼の作品を時々見ていた。

初めの頃はフィルムで撮られたカラー写真だろうか、多くの女性はビニールや薄い何かで覆われていた。それが何を暗喩するのか・・・距離感なのか、孤独なのか、そのイメージに固執する制作態度に興味が惹かれた。


そしてその生身の被写体との間に何か膜がある状態が、彼の今のCG表現では膜が取れ、ダイレクトに被写体の脳髄の中へシンクロしたような、または彼女達(彼の?)悪夢を映し出したようなイメージへと変化した。
何故悪夢なのか、それは永遠に彼女達はその夢の中で誰とも出会わずに、只独り自分の中に自らのイメージを創り、そのイメージの中の自分もその中に自分を見つめると云う入子細工の如くだからだ。

彼女達は写真家を見ていない。まるでここにもあのビニールのような膜があるように、作家との間に疎外感がある。
この疎外感が孤高を生み、彼の高尚なる不安を生み出していく。
存在への不安。
彼のテーマは入子細工の様に続くのであろうか。

月夜乃散歩HPにて多くの彼のイメージをご覧あれ。>>>http://pixta.jp/@danae/




02:03 | - | - | -
2009.06.17 Wednesday

写真詩集「赤い魚」との邂逅。



今夜、うかみ綾乃さんから98年に出版された「赤い魚」写真詩集が届いた。

綾乃さんとのやり取りは10年ぶりくらいだろうか。本当に懐かしい。

そして既に絶版となったこの本を数十冊戴き、「眠り姫」内で販売が出来るようになりました。
綾乃さんには本当に感謝いたします。
彼女のHP内の「Profile」ページからも購入が可能です。是非そちらからもご購入ください。

うかみ綾乃>>>http://www.aja.vc/


23:03 | - | - | -
2009.06.15 Monday

万物は流転して人の心も変わる。

某月某日
甥に子供が出来て、大伯父となる。
つい先日まで遊園地で象を見て「バブー」と言っていた子供が
もう親となるとは月日の流れは早い。
私も離婚して15年近くなる。また結婚して子供が欲しいかと言えば微妙だが、彼ら子供たちの成長は面白いものだ。


某月某日
モデルさんやタマとお茶をする。
夜からは山崎(とれこ)やポチも来る。
何故か山師も。



某月某日
庭が段々と形に為って来る喜びよ。
また大きな植木鉢をふたつ購入。
安くなったラベンダーも購入。
バジルもでかくなった。
荒地だった庭が変化する。

人間の心って何故直ぐに変わったり、豹変したりするのかと自分の事を想いながら考える。
思い当たったのは「人も自然の一部」でアルと言う事だ。
自然は変化する。万物は流転してその姿を留めてはおかない。
人の姿かちもそうだが、心とて自然の(人間の)一部。
恒常性はない。
人の心が移ろいでも、天気が変わるのと同じで仕方の無いと云うことか。
しかし、約束は守らねばと自戒する。
そして自分もそういつまでも生きていられる訳ではないと
やや諦めもつく。


某月某日
突然、タマが鯉釣りにはまる。
仕方なく付き合うこと3度。
最初の二度タマはヒットさせるが、余りの大きさに陸へ揚げる事が出来ず。
この時、お気に入りのコンパクトデジカメキャノンG10水没させる。


そして3度目は私がヒットさせ、タマの怪力を持って10キロ以上の金魚のような鯉を抜き揚げる。


某月某日
先日、蔵掃除の時に出た衣類をゴミ袋に20袋収集してもらう。
それから梅田へカメラ修理に出かける。
クタクタで帰宅。
しかしデカイ鯉を釣った話をタッチーにすると
翌日鯉釣りに行くことを強制される。
「明日は親父の四十九日の法事だから」
と言っても火が点いたタッチーを止めることは出来ず
朝まで飲んで、そのまま山へ出かける。

しかしヒットしたのは私の方。

95センチ、11キロの金色の鯉だった。
親父の法事に釣りは不味いだろうと思うが、キャッチアンドリリースで殺生でしないので許してもらう。

某月某日
そのまま殆ど眠らずに法事。
親戚が集まりお経と宴席。
お歳を召した方も多い。彼らとあと何回会えるだろうか・・・
等と書いていたら不味いのだ。
結構親族がHPを見て呉れているらしい。

親父は5月1日に亡くなってから49日間この世とあの世の間で彷徨っているらしい。
そして49日目に彼岸へと行く。

某月翌日
結局、金色の鯉を釣ったということで、嫉妬したタマにまた鯉釣りに連れて行かれる。
この日は何も釣れなかった。




01:14 | - | - | -
2009.05.27 Wednesday

本撮影と蔵大掃除日記。

某日蔵掃除日記
親戚や山師、とれこなど多くの参加にも係わらず蔵は難敵であった。
葬式前に山と積まれたものを要、不要で分けるも
「何が必要で何が不要」なのか先ずは母との戦いであった。
戦いは親戚の加勢もありやや優位に進み、お陰で殆どのものを捨てることが出来た。
山師とタッチーが古いシルクハットや陸軍の鉄カブト等見つける。興味が無いので元に戻す。
私は再発見した錦絵と浮世絵(復刻モノ)を休憩中に愛でる。
終わったのは夜の10時だった。


翌日、蔵の中で片付いたのがうれしいのでポチを撮る。
只、トラック一台分のゴミをどうしたものか・・・・




某日撮影日記
今日は前回テストをしたモデルさんの本撮影。
とりあえず、前回と同じ角度から撮影したが、髪の毛の色が黒に変わっただけでモハヤ別人である。


フランス人形に姿を変えられた呪いが解け、人間に戻ったようだ。
画像は全てデジタルテスト画像。

殆どタマに場面を組んでもらう。
毎週結婚式場のカメラマン助手のバイトをするようになってから、動きが良い。




03:27 | - | - | -
2009.05.24 Sunday

まとめてバス日記。

5月22日〜24日








03:22 | - | - | -
2009.05.20 Wednesday

欠伸さんのお別れ会。



某日お別れ会
欠伸さんが6月に上京する。ということで久々のショコリーヌさんと欠伸さんタマと会する。
ショコリーヌさんはご結婚され静岡に転居したが最近また奈良へと舞い戻られた。
この日はタマのお別れパフェと欠伸さんの焼いたケーキ。
ショコさまに戴いた焼き菓子は自分用にとっておく。


2時間後ショコリーヌさんは新妻らしく夫の夕食の為に早々に帰られる。
久々なのでもっと話を聞きたかった・・・
入れ替わりで法事を済ませた羊屋が参加。

欠伸さんの祖父が余命一ヶ月を宣告されていた。
「大体医者は早目に死ぬように云うから、半年は大丈夫」とか話していたら彼女の電話が鳴った。
「祖父がたった今、亡くなった」と彼女の母からの電話だった。
皆驚く。
急きょ帰省が決まった欠伸さんは礼服がないと言うことで、ウチにある前妻の礼服を着せる。
意外とピッタリ。
とれこの礼服を着せると「ちょっとお腹周りがヤバクナイ??」となる。
「前妻の礼服って重くないですか?」と聞かれる。
「全然」と答える。

欠伸さんが「死んだなんて実感が湧かない」と言う。
「そりゃそうだ。未だ親父が死んだなんて実感無いもの」と言うと
羊屋も「父が亡くなって数年経つけど実感無い」と。
私自身は写真とか見るとつらくなるけれど、
夢の中では普通に会話して生きていたりする。

03:12 | - | - | -
2009.05.17 Sunday

某日テスト撮影某日釣日記。



某月某日テスト撮影
今日はテスト撮影。
一眼のデジが調子悪くキャノンG10の出番となる。
これはマニアックな作りで居てCP(コストパフォーマンス)最強のカメラである。

モデルさんはなんと言うか、ブライスとかフランス人形とか
そんなイメージのモデルさんだった。
5時間のうちテスト撮影1時間
後の4時間は話ばかりしていた。
まあいつものことだが。


某日釣日記
親父が亡くなる前日に釣りに行ったきり半月が経つ。
久しぶり夕方6時より1時間だけ山の野池へ行く。

10分ほどでタマに待望の今年初バスがっ!!
豆だが、タマは鼻高々。以下口に出して言ったタマの思惑。
「今日はこの小バス一匹で、お父さんは釣れないで、悔しがる。タマ喜び倍増」
何とケツの穴の小さい発言だ。 私は情け無い。


しかし私も釣り方を変えて、たちまちヒット。
オマケにかなり良いファイトをしてくれる。
「おお、ジャンプまでしてくれるではないかっ!!」
ドラグが鳴くとタマも泣く。
「大きいのと違うん!?」 とタマが泣く。
たいして大きくはなかったが、タマよりデカイ。



悔しがるタマの次の思惑。
「サイズは負けたけれど、ここでタマが2匹目を釣り上げて2対1でお父さんに勝つのだ」

しかし「二匹目ゲットっ!!」
と言ったのは私だった。
こうして、今年の遅い初バスの日の戦いは1時間で幕を閉じた。



01:40 | - | - | -
2009.05.12 Tuesday

(タトゥ撮影とポストカード集発売)開始。



5月9日、まだまだ迷いがあるものの「tattoo girl」のシリーズを撮り始める。
モデルのshihoさんの撮影は2003年以来。数年前と思っていたが随分と時を経ていた。「not erotic」そして作品としてデジタルカラー等初めてなので、手際が悪くshihoさんにはご迷惑をかけたかも知れない。

タトゥはプリミティブな儀礼から由来していると言う彼女の話に、現代に何故タトゥが再び注目され共感されたのか理解出来た気がした。

タトゥ撮影にご協力出来る方、募集させて頂きます。
撮影時間は2時間くらい、謝礼はデジタルデータ。撮影地は大阪。公園などでラフに撮ります。
撮り溜まれば海外より作品集となります。人数が撮れなければ作品集は出来ませんが、他に使用させていただくかも知れません。




ポストカード集羊水の柩発売開始です。
父の葬儀などで遅れましたが、ネットにて発売させて頂きます。
今のところ個展やイベント以外での販売はございません。
よろしくお願いいたします。


01:48 | - | - | -
2009.05.08 Friday

愛猫の骨と父の骨。そして遅れたけれど清志郎に弔意を込めて。



葬儀の翌日、日常の事がしたくて庭の紫陽花の植え替えをした。
穴を掘っているともう10年前に死んだ愛猫くもりの骨が出てきた。
先日、斎場でポケットに入れた父の骨と一緒に大きな植木鉢に置いてある。


くもりはロシアンブルーと言う種の猫でグレーの毛並みだ。とれこに命名権を与えたところ「曇り空みたいだから、くもり」と名付けられた。センスが無い。


猫好きの私のすることは先ず「下の躾」だ。其処彼処で小便を垂れられたら臭いがたまらない。しかしこれが厳し過ぎたのか、くもりはかなりの人嫌いとなり抱かれるのも嫌がる始末。
成猫になってからは庭や屋根の上で殆どを過ごし、トイレの時だけ家に戻ってきて砂場で用を足していた。「庭ですれば良いのに」といつも家族に笑われていたが、躾の成果で庭から駈け戻って来て、必ず決められたトイレで用を足した。

くもりはメス猫だったが、毎日庭で侵入猫と激しいバトルを繰り広げていた。庭の治安を守る為に雨の日もパトロールをかかさない。
2年も経ったそんなある日、庭仕事をしていた親父が「猫が縁の下で死んでいる」と言う。駆けつけてみるとくもりが大きく伸びをしたような状態で既にカチンカチンに硬直していた。
この日の夜、庭に大きな穴を掘り、バスタオルに包んだくもりを埋めた。
自分の躾が厳しいせいで家に居つかなかった事を悔やんで穴を掘って居ると、哀れで涙が出て来た記憶があるが定かではない。涙が出たとしたら中学を卒業して25年ぶりの涙だ。

今日家の片付けをしていたら納屋に仔猫が居た。
親猫が見当たらないが、何処かの猫がここで子育てをしているようだ。

2ヶ月未満の仔猫を育てるのは難しいので、親猫が安心出来るように、なるべく納屋には近づかないでおく。


先日、やっと葬儀の来訪者を数人を残し全て確認出来た。通夜が300人、葬儀は400人。
思った通りの混乱ぶりで、帳簿の管理が追いつかなったせいで確認作業に3日を費やした。


通夜の夜、とれこから「忌野清志郎が死んだ」と聞かされた。
夜中にコンビニに行くと、届いたばかりで解かれていないスポーツ新聞のトップにその記事が見えた。

追悼のつもりでyoutubeにて、彼の一番好きな曲を聴いた。
タイトルは「トランジスタラジオ」。

私の高校時代の情景だ。
MDウォークマンもCDウォークマンもなく、カセットのウォークマンが発売される数年前だった。携帯出来る音源はラジオくらい。
真空管の大きなラジオの呪縛が解け、トランジスタ回路による携帯ラジオが普及していた。
そこから世界中の色んな音楽を聴いていた。
この曲を聴くといつも高校の屋上へと戻ってしまう。
猫の話から大きく逸れた。

23:09 | - | - | -

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